17

「うるさい! 好き勝手なこと言わないでよ!」


 我慢ならないといった様子で、マリナが叫ぶ。


「この世界で、庶民というだけでどれだけのハンデを負っていると思っているのよ?」


 憎々しげにレティーツィアをにらみつけ、マリナが宙に手を掲げる。

 何もないところから六色の光を放って現れた聖剣をつかみ、その切っ先をレティーツィアの鼻先に突きつけた。


「公爵家でぬくぬくと恵まれた生活を送ってきたクセに、偉そうに! 家柄がいいってだけでリヒトさまの婚約者になったアンタに言われたくない!」


「一緒にしないで!」


 それでも微塵も怯むことなく、レティーツィアは声を張り上げた。


「たしかに、わたくしは生まれで恵まれていたわ! それで、たくさんのラクもしてきた! でもわたくしは、ほしいものを得るための努力を惜しまなかったわ!」


 特別優れているわけでもないからこそ、血の滲むような努力を重ねてきた。

 もちろん、大きな何かを成し遂げたわけでもなければ、望むものを手に入れられたわけでもない。未だ努力の真っ最中だ。


 それでも――コツコツと小さな一歩を積み重ねて、ここまできた。


 それがなければ、今の自分はないと自信を持って言える。

 

「殿下の傍にいるために、わたくしほと努力した人間はいない!」


 リヒトは『推し』である前に、『最愛の人』だった。


 前世の記憶を取り戻す前から、レティーツィアはリヒトとともにあるために、必死に自分を磨いてきたのだ。


「たとえ夢破れても納得できるほどの努力もせず、不満を垂れ流して散々駄々をこねたあげく、誰かを踏みつける真似を平気でするあなたと、一緒にしないで!」


 自分に恥じるようなことは、何一つない!


「あなたに、リヒト殿下は渡さないわ!」


 鮮やかな怒りを纏い、レティーツィアが叫ぶ。


「六聖? だから、なんだと言うの? リヒト殿下を――あの素晴らしき方を、まるで玩具か何かのように手に入れようとするあなたには、絶対に渡すものですか!」


「ッ……! アンタは……!」


「言っておくけれど、わたくしの幸せのためじゃないわ! わたくしはあなたとは違う!」


 リヒトの幸せのためにだ。


 この人と結ばれたら、リヒトは誰よりも幸せになれる――。そう確信ができる相手がいたら、喜んで身を引く。この胸を占めるリヒトへの恋心は、努力でもって葬ってみせよう。


 それだけの覚悟が、自分にはある。

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