16

「六聖の伴侶となることが、本当にこの世界における最上の喜びならば、リヒト殿下は喜んであなたの前に跪いたはずよ。どうしてそうしなかったの?」


「……それは……」


 マリナが奥歯を噛み締める。


 今度は――こちらがが嗤う番だ。

 レティーツィアはマリナをにらみつけたまま、鮮やかに笑った。


「自信がないのでしょう? だってあなた、何もしていないものね」


「は……? 何を……」


 わずかでも、レティーツィアに侮られるのは許せないのだろう。マリナが顔を歪める。

 レティーツィアは「だったら、聞かせてくださらない?」とさらに笑みを深めた。


「あなた、何をしたの? リヒト殿下に好いてもらうために、どんな努力をしたと言うの? わたくしには、ただ駄々をこねているようにしか見えなかったけれど」


「っ……それは……」


「設定やシナリオにあぐらをかいて、上手くいかなかったら、設定と違う。シナリオと違う。こんなのはおかしい。間違っている。そうわめくだけ」


 わめけば、誰かがなんとかしてくれるとでも思っているのだろうか? 馬鹿馬鹿しい。


「人の心なんて、そもそも予定調和でどうにかなるものではないでしょう!」


 六聖の乙女とは、そんなこともわからないお馬鹿さんなのか。


「あなた、殿下のお心を動かすために、何をしたの? 殿下に好感を持っていただけるように、どんな努力をしたというのよ!?」


 間違いなく、マリナにそんなものはない。


 自分に謙虚に、目標に向かって努力し抜く人間は、自分が積み上げてきたものを汚すような真似はしない。

 コツコツと積み上げてきたものが一瞬で無に帰すような、それまでの頑張りをすべて無駄にするような、過去の自分を裏切り――踏みにじるようなことは、絶対に。


「人の心を動かすのは、とても難しいことなのよ!? 恋した相手に好いてもらうなんてことは、それこそ奇跡のようなこと! 簡単に叶うことではないのよ!? それなのに、たかが一ヶ月やそこらで痺れを切らして、こんな強引な手段に出るなんて……! あなたこそ、リヒト殿下をずいぶんと軽んじているのではなくて!?」


 なんの努力もせずに手に入るような男だと思っているのか。あのリヒトが。


 冗談ではない! 安く見てもらっては困る!


「スペシャルな男を手に入れたいのであれば、それに見合う自分になるべく、努力をし尽くしなさいよ!」

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