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「あら、本当に、お願いしたとおりにしてくださったんですね。嬉しい……」


 マリナが胸の前で両手を合わせて、嬉しそうに微笑む。

 その足下に、セルヴァとノクスが素早く膝をついた。


「ええ。すべては、あなたのために――六聖の乙女」


 恭しく頭を下げ、セルヴァが穏やかに告げる。


「こんなところまで足を運んでいただき、光栄です。もうすぐ船が来ます。あとは速やかに」


「ええ。お任せしますね。セルヴァさま」


「…………」


 冷汗が、背中を滑り落ちてゆく。

 今、船が来ると言った。セルヴァが入ってきた時にも、我慢してとも。


(学園島から、連れ出される――?)


 レティーツィアは、奥歯を噛み締めた。それだけは、なんとしてでも阻止しなければ。


 学園島から大陸への船は、朝と夜の一日二便。民間の船ではなく、皇子の専用船でも六国の大陸までは丸一日以上かかる。

 気絶させられていたため、時間の感覚は皆無だけれど、少なくとも今の身体の状態を思うに、もうすでに学園島から連れ出されてしまったということはない。学園島から、たった数時間でたどり着ける陸地などないからだ。


(ここが陸地でよかった……)


 そう思うと、この汚い床ですら愛しくなってくる。


 レティーツィアは拳を握り固めると、呼吸を整えた。


 ここから連れ出されるわけにはいかない。船に乗せられてしまったら――チェックメイト。その時点で、負けが確定してしまう。


 なんとしてでも、その前に逃げ出さなくては。


「――そう」


 震えるな。どれだけ切羽詰まった状況でも、弱みを見せるな。余裕たっぷりに――笑え。


 レティーツィアは縛られた手で肩に降りかかった髪を払うと、真っ直ぐマリナを見つめて、にっこりと笑った。


「あなたの差し金だったの。マリナ・グレイフォードさん」


「上から目線で気安く呼ばないでもらえます? 私は今、六聖の乙女なんですよ?」


 ムッとした様子で、マリナが眉を寄せる。

 だが、すぐに表情を和らげて、クスクスと笑った。――まるで勝ち誇ったように。


「でも、そうですね。たしかに、私がお願いしました。六聖としてあなたを覇王に選ぶから、私の望みを叶えてくださいって。リヒトさまがほしいので、私にリヒトさまをくださいって」


「っ……!」

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