10

 自分を叱咤した瞬間――耳が足音のような音を拾う。

 ハッとしてドアへと目を走らせたのと同時に、それが開く。


 レティーツィアは大きく目を見開いた。


「……! おや、起きたんだね。レティーツィア嬢」


視界の先――豊かな白髪がふわりと波打つ。自分へ向けられた葡萄色の瞳に愕然とする。


「ッ……! セルヴァ・アルトゥール殿下……!」


 縛られているレティーツィアを見ても、驚く様子はない。それどころか、いつものとおりの普通の態度のセルヴァに、愕然とする。


(う、嘘……)


 じゃあ、これはノクスの独断ではなく――!?


「ごめんね? 汚いところで。もう少しだから我慢してくれるかな」


 セルヴァが穏やかに笑う。いつものとおりの、大人の色香に満ちた笑みだ。学園のサロンで歓談している時となんら変わらない笑顔。


(何が……起きているの……?)


 どれだけ考えても、お昼に薔薇園でラシードを見送って以降の記憶がない。エリザベートとランチを楽しんだ覚えもない。


 間違いなく、自分の足でここに来てはいない。


 ということは――自分は攫われたのだ。


 おそらくはセルヴァの命令で、ノクスの手によって。意識を刈り取られ――連れ去られた。


(でも……だとしたら、この普通さは何……?)


 攫った相手を前に、どうしていつもどおりでいられるのだろう?


 それが理解できなくて――怖い。


「……っ……」


 レティーツィアは奥歯を噛み締め、軽く頭を振った。 


(いえ、そんなことはいい……! そんなことは、考えても仕方がない……!)


 今、大事なのはそこじゃない。


 レティーツィアはセルヴァを真っ直ぐ見据えて、どうしてこんなことをしたのか、いったい何が目的なのかを問い質そうとした。


 しかし、口を開いた瞬間――再びドアが開く。


「ッ――!」


 身体に激震が走った。


 視線の先――ひらりと純白の制服が翻る。


「……マリナ……グレイフォード……」


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