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「ッ……! ノクス……!」
ロングウルフの髪は闇よりも深い漆黒。レティーツィアを見つめる双眸は血のような緋色。身のすべてが淡い色のヴェテルの民の中では、ひどく異質な存在。
セルヴァの側近――ノクス。
『僕のためならば、喜んで闇に生きる暗殺者になる。それがノクスだ。だから、いいんだよ。姿を消すのは。姿を消している間も、彼が僕のために動いているのだから』
セルヴァがそう称する――彼の忠実な影だ。
レティーツィアはゴクリと息を呑み、自分を冷ややかに見下ろす赫を見据えた。
「……これは、どういうことかしら? ノクス」
しかし、ノクスはその問いには答えず、「いつまで転がってるんだよ? 後ろ手に縛るのは勘弁してやってるんだし、起き上がれるだろ?」と肩をすくめる。
ゾクリと、冷たいものが背中を駆け上がった。
どう考えても異常な状況なのに、ノクスの口調はいつもとなんら変わらない。
それが――なんとも不気味で、恐ろしかった。
「……優しく抱き起こすぐらいの紳士さを、持ち合わせてはいらっしゃらないのかしら?」
「そういうものは、俺に期待してくれるなよ」
自分を奮い立たせてなんとか口にした言葉にも、あっさりといつもと何も変わらない答えが返ってくる。
自身が認めた主以外には、敬語すら使わない。身分や立場などは完全無視。その他大勢などどうでもいいといった態度は、たしかに失礼ではあるのだけれど――しかしその中にも、彼の信念のようなものが垣間見える気がして、レティーツィアはわりと好感を持っていたのだが。
(でも、この状況では……)
身分や立場を重んじない態度は、そのまま命までもを軽視しているような気がしてしまって、ひどく恐ろしい。
けれど――この状況だからこそ、弱みを見せるわけにはいかない。
どれだけ怖くても、震えてなどいられない。自分の身は自分で守らなくてはならないのだ。毅然としていなければ。
レティーツィアはゆっくりと起き上がると、ノクスと向かい合う形で座り直した。
「…………」
気持ちを落ち着け、一つ深呼吸をする。
(まずは、状況を把握しなくては……)
怯えている暇などない。
(頭を……動かしなさい! レティーツィア!)
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