明日、リヒトが学園に戻ってこれば、ラシードと同じように昼はマリナ・グレイフォードとほかの皇子や側近たちとともにすごすことになるのだろう。


 昼だけじゃない。マリナが望めば、もうリヒトはそれを無碍にすることはできない。


 六聖の乙女を拒絶することなど――誰にもできないのだ。


「……ッ……」


 こんな形で距離が縮まったところで、想いは育まれるのだろうか?


 現に、攻略対象であるはずのラシードは、マリナを快く思っていないようだった。


 彼女とすごさねばならない時間は憂鬱らしく、あの太陽のように明るく元気なラシードから、笑顔が消えてしまっていた。


 繰り返すが、攻略対象であるはずなのに――だ。


(ここは、乙女ゲームの世界なのに……)


 乙女ゲームの世界だからこそ、攻略対象の彼らにとって、ヒロインと結ばれることこそが、最大の幸せなのだと思っていた。


 だからこそリヒトには、シナリオどおりに主人公と恋をしてほしいと思っていた。


 幸せになってほしかったから。


(でも……ラシード殿下は、マリナと一緒にいてもちっとも幸せそうじゃない……)


 レティーツィアは唇を噛み締め、目を伏せた。


 もう、わからない。何が正しいのか。どうするのが最善なのか。


 リヒトの――そして、大切な人たちの幸せのために、何をすればいいのか。


 前世の記憶があるのにもかかわらず、現状なんの役にも立てていない自分に腹が立つ。


(どうすれば……!)


 リヒトを――大切な人たちを幸せにするために、どうすればいい? 何をすればいい?


(私に何ができる? 考えろ……! 考えろ……!)


 手のひらに爪が食い込むほど、固く拳を握り締める。



 その――刹那。


 突然、背後から伸びた何かがレティーツィアの鼻と口を塞ぐ。

 同時に、何かが身体に巻きついて強く締め上げ、レティーツィアの動きを封じる。


「――ッ!? ッ……!」


 息を呑んだ瞬間、目の前の景色が白くかすむ。


「……リ……ヒ……」


 グラリと、体がかしぐ。


 何が起こったのか、理解することはできなかった。


 それよりも早く、意識が闇へと吸い込まれてしまったから。




          ―*◆*―




「……っ……」

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