「……お気遣いありがとうございます。ラシード殿下」


 ゲームでは、国の統一方法やその後の国の状況などの描写はほとんどない。


 数々の困難を乗り越えて恋を実らせ――六聖となった主人公と世界の王となった攻略対象の幸せな姿が描かれるルートが存在するだけだ。


(しかも、トゥルーエンドで世界の覇者となるのは、リヒト殿下とラシード殿下だけ……)


 キュアノスとヴェテルでは、攻略対象が皇子ではなくその側近のためか、彼らが覇者となるエンドは存在しない。

 エメロードのリアムとアフェーラのユエは、キャラクターの性格もあるのだろう。同じく、世界の覇者となるエンドはない。


 どの攻略対象でも、主人公が六聖として覚醒するイベント自体は必ずあるが、やはりそこは乙女ゲーム。六聖となった主人公の騎士となり、愛する人をずっと守り続ける主従系エンドや、世界の覇者となるより、もっと大事なものがある――六聖の力を失ってしまい、ただの庶民に戻った主人公とこそ幸せになるという、身分違いでも幸せになれる系エンドもある。


(そう……。ゲームでは、主人公が六聖として君臨するのは絶対的なことじゃない……)


 それだけに、予測が立たない。


 何がどうなるか――本当にわからない。


(そもそも、もう設定もシナリオもあってないようなものだし……)


 ここまで狂ってしまったら、それらを知っていてもなんの意味もない。

 世界の覇者となるエンドがないユエやリアムが――あるいは、そもそも攻略対象ですらないクレメンスが世界の覇者となっても何も不思議はない。


「……ッ……」


 レティーツィアは唇を噛み締めた。


 固く握りわせた両手が――震える。


 どんなことでもありえてしまう。それが、こんなにも怖いなんて。


(そんなの……普通のことのはずなのに……)


 いや、普通のことだからこそ――だろうか。


 一分後に何が起こるかなど、誰もわからない。

 それを――レティーツィアは身をもって知ってしまっている。


 前世において、レティーツィアはあまりにも突然に――何が起きたのか理解できないまま、自分が死を迎えると認識することすらできないまま、その命を落としたのだから。


(不安……なんてものじゃない。怖い……。怖くて、怖くて、たまらない……)


 これから、いったい何が起こるのか。

 それが、リヒトに何をもたらすのか。


 わからないからこそ、怖い――。

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