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そう――。この世界には、薄い本だけではなく、そもそもまともな小説が少ないのだ。
「小説も、純文学ならありますが、わたくしが求めているものは芸術性が高いものではなく、娯楽性の高いそれで……」
そこまで言って――レティーツィアはムッと眉を寄せた。
「ああ、そうだわ! 思い出した! そもそも、芸術方面から女性が締め出されがちなのも、わたくしは気に入らないのです!」
そう叫んで、クレープにかぶりつく。
しっかり噛んで飲み込んでから、ギロリとリヒトをにらみつけた。
「世界六国のほとんどの国では、絵画や彫刻などの芸術の分野は男性の世界です。女性では、工房に入ることすら難しい。そうでしょう?」
「まぁ、たしかにな」
「作家の世界も同じだとか。――女性に小説は書けない。理由は、男性よりも頭が悪いから。それを聞いた時は、憤死するかと思いましたわっ!」
その時の怒りがぶり返して、思わずドンと足を踏み鳴らす。
「根拠を伺えば、識字率が女性のほうが悪いだのなんだのといろいろ出てきましたが、それは女性の教育を後回しにしている社会に問題があるのであって、女性が男性に劣っているという話ではありません! 失礼ですわっ!」
しかし、それは別段この世界に限ったことではない。前世の世界でも同じ。
ヨーロッパにおいて、絵画や彫刻の分野で女性芸術家が増えてきたのは、十九世紀も半ばをすぎてから。
もちろん、それまでまったくいなかったというわけではないけれど、しかし圧倒的に男性の世界であったことは確かだ。
そもそも、男性と同じ権利を女性が有するようになったのは、ごくごく最近のこと。
それも先進国での話であって、発展途上国の多くでは、まだ女性の権利の多くが認められていない。
日本では、平安時代にはもう女流作家が活躍していたけれど、男子と女子が一律同じように教育を受けるようになったのも、就く職業に制限がなくなったのも、すべては戦後の話だ。
学問よりも、縫い物ができたり、掃除がきちんとしていたり、料理ができたり、礼儀作法がちゃんと身についていたり――そういったことが重要視されていた時代は日本にもあった。
世界に目を向ければもっとそれが顕著で、頭がいい子は嫁の貰い手がないと言われていたり、そもそも女子は学校に行く権利を与えられていなかったりするのが普通だった。
シュトラール皇国でも、男女の権利に若干の差が存在する。
そもそも義務教育というものが存在しないため、跡を継ぐ男子はともかく、嫁に出す女子は学校に通わせないという親も多い。貴族であってもだ。
そういった背景を無視して、女性は頭が悪いだなんて――よくも言ってくれたものだと思う。
「……俺に怒るな。俺はそんなつまらんことを言った覚えはないぞ」
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