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「本当に……」
前世では普通にしていたことだったのに、こちらでは遠ざかってしまっていた。
だから、レティーツィアとしてもこういった経験ができたのは、素直に嬉しい。もちろん、今の自分は公式の立場を有する身。これからも、いつでもできるというわけではないけれど。
「こんなにも可愛らしくて美味しいのに……あんなにもお安いなんて……」
「私にはこれが普通なんですけど……。でも、リヒト殿下にとってはちょっとしたカルチャーショックだったみたいですね」
「そうだな。うちの馬の一回の食事のほうがよほど高価だ」
神妙な顔をして頷くリヒトに、思わずエリザベートと顔を見合わせて笑ってしまう。
何も考えず、心のままに声を立てて笑うのも――いつ以来だろう? それもまた淑女としてあるまじき、はしたないことだと教わった。人前ではほとんどしたことがない。
貴族としての自分を否定するつもりはない。
それでも――『ただの女の子』でいられるのは、やっぱり楽しい。
レティーツィアの屈託のない笑顔に、リヒトが眩しげに目を細めた。
「……途中で話を止めるな。気になって仕方がないんだが。文学界の余計な敷居というのは、なんのことだ?」
「え? ああ、はい……」
レティーツィアは指で口もとのクリームをそっと拭うと、あらためてリヒトを見上げた。
「そもそもが稀少なので、お金さえ出せば手に入るというわけでもありません。読みたい本があっても、まずは手を尽くして探すことからはじめなくてはならないのが現状です。それほど苦労して手に入れるものだからこそ――本は基本的に、楽しむためのものではありません」
その言葉に、三人が頷く。
「たしかに、そうですね。僕にとっての本は、知識を広げるためのものです」
「俺にとってもそうだな。世界六国の歴史、文化、宗教――そのほかにも、あらゆる専門的な知識を得るのに使うものだな」
「私は、本が好きなので楽しいですけど……。でも、たしかに、おもに読んでいる世界六国に伝わる昔話やおとぎ話、説話集なども、そもそも記録のため――後世に伝える目的で作られているんですよね。そう考えると、楽しいものではないのかも」
「ええ、そのとおり。でも、わたくしはそれをエンターテイメントにしたいのです」
人々を楽しませる――上質な娯楽に。
「歴史書や専門書、神話や昔話、説話集、童話におとぎ話――それだけでは、本はつまらない。もっと等身大の娯楽があっていいと思うんです。謎めくミステリー、駆け引きのサスペンス、手に汗握るバトルアクション、背筋が凍るホラー、壮大なるファンタジー、お腹を抱えて笑うコメディ、心ときめくラブロマンス……」
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