「本って、お高いものでしょう? 右に左に手に入るものではありません」


「まぁ、そうだな」


「貴族の間でも、屋敷に多くの本が並ぶ書斎を作ることが一つのステイタスとなるぐらいには、お高いものですね」


 イザークの言葉に、エリザベートが頷く。


「本が高価なものである大きな要因の一つとなっているのは、その稀少性ですわ。本は量産ができません。よって、一冊一冊がとても貴重です」


 つまり、需要に対して、圧倒的に供給が追いついていない。


 だからこその――価値。


「ということはつまり、その余計な『付加価値』を取り払うことができれば、お値段をぐっと下げることが可能なのです」


 レティーツィアはにゃんこを見つめて、ふっと勝ち気な笑みを浮かべた。


「今のところ、本は写本を作ることで増やすしかありません。その方法は、人の手書きによる筆写か、魔道具による模写かの二種類。そのどちらも、膨大な時間とお金がかかります」


「あ……!」


 エリザベートが大きく目を見開いて、レティーツィアを見る。


「そうか……! 文字を組み合わせて文章を作るのには少し時間がかかるかもしれませんけど、その金型さえ作ってしまえば、あとは判子のように押すだけで済むなら……!」


「ええ、そう。今よりは圧倒的に量産が簡単になるということですわ」


 量産ができれば、稀少性が薄くなる。


 稀少価値が下がれば、もちろん本の値段は落とせる。


 そうすれば――読みもしないのにステイタスのために本を所持するなどという馬鹿なことも、徐々に行われなくなってゆくだろう。そうなれば、さらに余計な付加価値を削ぎ落とせる。


「そうして本が適性の価値で取引されるようになれば、今の文学界の余計な敷居もなくなると、わたくしは思うのです」


 にゃんこに見つめられているとどうにも食べられないため――手の中でクレープを回して、クリームの山でにゃんこが見えない状態にして、ようやくパクッと一口。


 瞬間――口の中いっぱいに広がった甘さに、レティーツィアは頬を染めて微笑んだ。


「淑女としてははしたない行為かもしれませんが……でも美味しいっ……!」


 レティーツィアの満面の笑みに、エリザベートもまた嬉しそうに唇を綻ばせる。


「ふふ。青空の下で、誰かと一緒に歩きながら、笑いながら、食べる! いいものでしょう? レティーツィアさま」

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