イザークが、「絶対、自分だけレティーツィアさまの『ただの女の子』の姿を見れないのが悔しかったんですよ。本当にそういうとこはガキンチョなんだから」とニヤニヤしながら言う。


 しかし、その小馬鹿にしたような呟きは、もうレティーツィアの耳に届いてはおらず――。


 レティーツィアは顔を赤く染めて、両手で口を覆った。


(ああ、もう嬉しい……! めちゃくちゃ嬉しい……! っていうか、リヒト殿下の一人称が『俺』になるなんて展開、ゲームではなかったんだけど!?)


 コミカライズ・ノベライズ作品にも、そんなシーンはなかったはずだ。


 それは――また設定やシナリオを無視した何かが起きていると見るべきなのだろうか?


(それでも……やっぱり嬉しい……!)


『推し』と自分の恋愛――『夢展開』は地雷だったはずなのに、どうにもときめいてしまう。


 リヒトの一言に――一挙一動に、幸せを感じずにはいられない。


 いつの間に、こんな風になっていたのだろう。


「れ、レティーツィアさま……。お騒がせしました……」


 エリザベートがフラフラと近寄ってくる。

 レティーツィアはハッと身を震わせて、わたわたと彼女に向き直った。


「だ、大丈夫? エリザベートさん」


「……視界の尊さにも、ようやく少し慣れてきました」


 その言葉に、イザークが「この子には、いったい何が見えてるんでしょうね?」と笑う。


「じゃあ、出かけられそうかしら?」


「はい、もう大丈夫です。お手数おかけしました」


 エリザベートがにっこり笑って、頷く。


「よかったわ。それじゃあ――」


 レティーツィアは一つ深呼吸をして気持ちを落ち着けると、リヒトを真っ直ぐに見つめた。


「さっそく行きましょうか!」


「……!」


 いつもとは違う――少し砕けた口調に、リヒトが目を見開く。

 その金色に輝く双眸を覗き込むようにして、レティーツィアは悪戯っぽく笑った。


 リヒトはレティーツィアのために『シュトラール皇国の皇子』の顔を脱いでくれた。

 それなら、自分も今日だけは『完璧な淑女』でも『殿下の婚約者』でもなく――前世と同じ、『ただの女の子』でいよう。


 ただの――レティーツィアで。


 今日という日を、思いっきり楽しもう!


「同行を希望したからには、途中リタイヤは許しませんわよ? 女の子の買いものは、殿方のそれとはまったく違います。ちゃんとついてきてくださいませね?」

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