4
戸惑うレティーツィアに、イザークがひっそりと「大丈夫ですよ」と囁く。
「素が出てるだけなので。同行したいのなら、いつもの皇子の顔をしていては駄目ですよって申し上げたので」
リヒトが冷えるなと思った時には、すでにコートを彼の目の前に差し出しているような――主の顔色一つでその意向をすべて汲み取り、それを命じられる前に叶えてしまう従者にとって、表情豊かなレティーツィアの心は手に取るようにわかるのだろう。疑問について尋ねる前に、イザークが答えをくれる。
こういう――人を見透かしたようなところも、実は昔から苦手だった。
「素が……?」
「レティーツィアさまも、他人の目のあるところでは、模範的な公爵令嬢であるよう心がけておられるでしょう? 常に、非の打ちどころのない淑女であるように。リヒト殿下の前でも、理想的な婚約者であるようにと。」
「ええ、まぁ……」
「それは、リヒト殿下も同じです。殿下はわりと表裏がないほうですけど、それでもやっぱり多少は違うんですよ。僕やごくごく近しい側近の前だけで見せる顔と、レティーツィアさまや世界六国の尊きみなさま、生徒たち。そして国の大臣たちや貴族たち、民に見せるそれでは」
イザークが「お二人だけでもありません。僕もそうだし、みなそうです」と言って微笑む。
「そのとおりね。それを表裏と言ってしまうと、語弊があるようにも思うわ。むしろTPOに合わせて態度を変えるのは、社会を生きる上で絶対的に必要なこと。王の前でも、民の前でも、家族の前でも、恋人の前でも、そして敵の前でも、一切態度が変わらない人がいるとするなら、それはその人のほうが問題だと思うわ」
「仰るとおりです」
イザークは頷いて――ようやく涙が止まったらしく、深呼吸をしているエリザベートを見て、その目を細めた。
「今回の相談の件で、僕はレティーツィアさまが計画なさっていることをいろいろお伺いして、この市場調査では、レティーツィアさまがただの一人の女の子として、大好きな友達と最大限楽しむことが重要だと思ったんです。おそらく――そうでなくては意味がない」
「……!」
意外な言葉に、目を見開く。
「……それは……」
「必要なのは、等身大の女の子としての視点です。完璧な淑女ではなく。ですから、殿下にはきっぱりと言いました。邪魔ですと。レティーツィアさまがただの女の子でいられない状況を作ってしまっては、わざわざ苦手な僕を伴って街歩きをする意味がなくなってしまいますと」
「……! そんなことを?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます