第四章  ヲタクは、推しのためなら地雷すら克服してしまう生きものなのよ!

「レレレレレレティーツィアさま……!? ここここここれって、どういう……!? わわわ私、いいいい意味がわかりません……! どうして、こここここここに、でででで殿下が……!」


「だ、大丈夫……! わたくしも、目の前の現実を受け止められていないから……!」


 エリザベートがレティーツィアにしがみついたまま、「な、何が大丈夫なんですかぁ!?」と顔を真っ赤にして叫ぶ。



 日曜日――街歩きの日。約束の時間にやってきたのは、同行を頼んだイザーク――だけではなかった。

 その後ろには、なぜか彼の主――比類なきカリスマ、シュトラール皇国第一皇子の姿が。


 それだけでも驚くべきことなのに、リヒトが身に纏っていたのが――黒のフロック・コート。

 生地と仕立ては間違いなく一級品だけれど、装飾らしい装飾は一切ないスタイリッシュかつとてもシンプルなもの。それだけではない。身体にピッタリとフィットするウエストコートも、細身のパンツも黒。タイも黒。シャツは鈍いシルバーと、いつものリヒトからは考えられない格好だ。


 黒という色のせいか、それともスーツのデザインのせいか――リヒトの芸術的なスタイルが惜しげもなく露わになっていて、言葉にならない。


(どどどどどどうしよう……! かっこよすぎて、鼻血が出そう……!)


 公爵令嬢として、一人の淑女として、それはマズい。


 けれど、いつもの神々しい姿とは違う――このすさまじい色香のある悪魔的な美しさの前で、冷静さを保つことなど到底できるはずもない。


(黒……! 黒い殿下……! 夢にまで見た、公式の黒リヒト……! リヒト殿下クラスタが切望してやまなかった、あの……!)


 もちろんシナリオにはない。となれば当然、スチルなどあるはずもない。前世の自分が知るかぎり、公式グッズでも、イベント限定グッズや何かのコラボグッズなどでも描かれていない。二次創作でしか拝むことができなかった――黒いリヒト。


 あまりの衝撃に、すぐには受け入れられない。脳が処理をしてくれない。

 ただただ、その素晴らしさに呆然とすることしかできない。


「レティーツィアさま、大丈夫ですか? なんか、今にも死んじゃいそうなんですけど……」


 イザークがニコニコして言う。プライベートだからだろう。普段よりもぐっと砕けた口調だ。若干小馬鹿にしているような響きが含まれていたのは、気のせいだろうか?


「っ……! い、イザーク! あ、あなたって人は!」

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