22

「……それは……」


「ただ純粋にお茶会を楽しみたいヤツが、紅茶や菓子をその場で口にすることなく、ここまで運んできたんだ。落とせば派手な音を奏でる銀のトレーに載せてな」


 レティーツィアは目を伏せた。――そのとおりだった。


「そして、陰で酷いことをされていると言いながら、菓子を選んでいるお前に自ら近づいた。本当に虐められていたら、見つからないうちに逃げるだろうに」


 校舎に入って――ようやくリヒトがレティーツィアを見る。


「不自然なことこの上ない。あれの言葉は信じられん」


「っ……殿下……」


「なんて顔をしている。もしかして、追及されるとでも思っていたのか?」 


 リヒトが目を細める。

 その優しい笑顔に、大きな音を立てて心臓が跳ねた。


「馬鹿なことを。お前に非がないことぐらい、一目でわかる」


「……っ……」


 胸が震える。

 レティーツィアは口もとを手で覆って、下を向いた。


(どうしよう……! 嬉しい……!)


 嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れてしまいそうだった。


 どうしてだろう? 喜んでいられる状況ではないのに。


(これでまた、彼女の印象が悪くなってしまったのに……)


 これでは、シナリオから遠ざかってゆくばかりなのに。


 それでも――嬉しいと思ってしまう。嬉しくてたまらない。


「――なんだ。どうした? 当たり前のことだ。感動するようなことでもないだろう」


 からかうように言って、リヒトがレティーツィアの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「……っ……」


 それもまた、嬉しい。胸が締めつけられる。


(主人公と……うまくいってほしいのに……)


 その気持ちに、まったく嘘はないのに。


 それなのに――リヒトがマリナに優しい言葉をかけた瞬間、とてもショックだった。嫌だと思ってしまった。


 これで、シナリオどおりに進むようになるかもしれないのに、嫌だと――。


「……殿、下……」


 ゲームの――激しい怒りに身を焼きながら、レティーツィアを断罪したリヒトを思い出した。レティーツィアに向けられた――あの軽蔑の眼差しを。


 心底、恐怖する。あれだけは、絶対に避けなければならないと思う。


 それなのに――。


(それでも……嫌だった……。殿下が、マリナの言葉を否定しなかったのが……嫌で……)


 キツく唇を噛み締める。


(どうしちゃったの……? 私……)


 マリナとうまくいって、幸せになってほしいのに。


 だから、シナリオどおりにものごとが進むようになってほしいのに。


 その気持ちに、嘘はないのに――。


「……どうした。そんなに、いじめっ子扱いされたのが堪えたのか?」


 リヒトがそっとレティーツィアを抱き寄せる。

 ポンポンと――まるであやすように頭を叩かれて、レティーツィアはギュッと目を瞑って、リヒトの胸にしがみついた。



 それなのに――マリナを見ないでと思ってしまった。


 この温かい腕を彼女には渡したくないと――思ってしまった。




 

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