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 しかし――これ以上はもうどうしようもない。マリナはイザークの手を借りて立ち上がると、ひどく憎々しげにレティーツィアをにらみつけて――背を向けた。


 中庭を出てゆく二人の背中を見送って、リヒトはパンパンと手を叩いた。


「騒がせてすまなかった! ここに居合わせてしまった者には、私の私的な茶会に招こう!」


 その言葉に、その場にいた生徒たちが一様に目を見開き、わっと歓声を上げる。


「だから、もうしばらく君たちの時間をくれ! まもなく運営の者が来る。その者に、学年・クラス・名前を伝えてくれ。それがわからないと、招待状を送ることができないからな」


 そう言って、ぐるりと皆を見回す。


「汚してしまった場所も、すぐに片づける。本当にすまなかった」


 そして、リヒトは深々と頭を下げた。

 レティーツィアもそれに倣う。本当に、せっかくのお茶会で不快な思いをさせてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「もし、トラブルの詳細を見ていた者がいたら、その話も――ああ、来たな」


 中庭に金色の腕章をした者が入ってくる。リヒトのタウンハウスを切り盛りしている執事の一人だ。


「彼に話してくれるとありがたい。見ていない者は――」


 リヒトは口もとの笑みを消すと、その形のよい唇にそっと人差し指を当てた。


「不用意な噂話はしないように。真偽が定かでない話を、責任も取れないのに広める行為は、君たちの品位を下げる。――わかるな?」


 生徒たちが神妙な顔をして頷く。

 それを見て満足げに頷くと、リヒトはレティーツィアの手首をつかんだ。


「……! 殿……!」


「行くぞ。レティーツィア」


 そのまま、レティーツィアの手を引いて歩き出す。


「……ッ……」


 胸が苦しいほど熱くなって――息が詰まる。

 レティーツィアは奥歯を噛み締め、もう片方の手で胸もとを押さえた。


「……殿下っ……」


「――何も言う必要はない。わかっている」


 真っ直ぐ前を見つめたまま、リヒトがきっぱりと言う。

 さらに胸が苦しくなって、レティーツィアは顔を歪めた。


「割れて散らばっていた食器も、潰れていた菓子も、ここから一番遠い植物園で提供しているものだ。あれが頭から被っていた紅茶もな。あの花の香りは、イザークでなくとも気づくさ。エメロードの特産品だ」

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