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 エリザベートは書類を見つめたまま少し考えると、顔を上げてにっこりと笑った。


「では、今度の休日、一緒に学生街を巡りませんか?」


「学生街を? ああ、市場調査ということ? それはもちろん……」


「それも馬車ではなく、歩いて。一日かけてぐるりと一周……できるかどうかわかりませんが、それを目指して」


 その思いがけない言葉に、目をぱちくりさせてしまう。


「え……? あ、歩いて……ですか?」


「ええ。踵の低い歩きやすい靴で、ドレスではなく制服のような軽装(ワンピース)で。気になった店にはすべて入りましょう。疲れたら甘いものを食べて……自由に。気ままに」


 エリザベートがトントンと手で胸を叩いて、「私たちや、庶民のように、です」と言う。


「もちろん、お供は連れずに。警護もとくに必要ないと思います」


「ええっ!? 警護も? そ、それは……」


「大丈夫ですよ。学生街ですもの。治安が悪いなんてことはありませんし」


 身を乗り出して、戸惑うレティーツィアの顔を覗き込み――エリザベートがにんまりと笑う。


「そんな経験、ないんじゃないですか? レティーツィアさま」


「…………」


 たしかに――レティーツィアになってからは、ない。


 レティーツィアにはアーレンスマイヤー公爵令嬢という身分と、シュトラール皇国第一皇子リヒト・ジュリアス・シュトラール殿下の婚約者という立場がある。それゆえ、決して軽率な行動はすまいと――それによって家やリヒトに迷惑をかけまいと、常に心がけてきた。


(だから、自由に街歩きをするだなんて、そもそも考えもしなかったのだけれど……)


 だがたしかに、実際に中流階級や庶民向けの商品を見て、触れて、お客の声や反応も見て、聞いて、店の従業員の視点や意見も得られたら――これ以上のことはない。


 それに――。


 ほんのりと上気した頬を隠すように、レティーツィアは下を向いた。


(街歩き……したいかも……)


 前世の記憶が甦ったからこそ思い出した、あの楽しさ。

 自由に、気ままに、そして気軽に、友達と歩いてみたい。


 だが――それは今のレティーツィアに許されることなのだろうか?


(貴族でも、お忍びであちこち行かれている方もいらっしゃるそうだけれど……)


 レティーツィアはしばらく考えると、おずおずと顔を上げてエリザベートを見た。


「あの、正直に言うと、すごく行きたいわ。でも、わたくしにはリヒト殿下の婚約者としての立場もありますから、軽々に頷くわけには……」


「ええ、もちろん。これはあくまでも、私からの提案です」

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