10

(ああ……殿下にも、エリザベートさんにも、迷惑をかけてしまった……!)


 しっかりしなければ。騒ぎにしてはだめだ。本当のことは決して言えないのだから。


 ここが乙女ゲームの世界であるなどと。

 あらかじめ定められた設定やシナリオが存在するなどと。

 前世を異世界で生きていた自分は、それを知っているなどと。

 しかし今、その設定やシナリオどおりにことが進まず、ショックを受けているなどと。


(そんなこと……絶対に言えやしないのだから……!)


 誰にも、嘘はつきたくない。心配してくれる人たちには、なおさら。

 だからこそ、それにかんする不安や懸念は一切表に出してはいけない。

 すべて、レティーツィアの胸の内だけに留めておかなくてはならないのに。


「……っ……」


 わかっているのに――ショックと未来への不安と恐怖から、震えが止まらない。


(でも、駄目……。事情を話せない以上、殿下を煩わせては……)


 レティーツィアはなんとか自分を奮い立たせて、手でそっとリヒトの胸を押した。


「申し訳ございません……。少々、取り乱しました……。わたくしはもう大丈夫ですから……殿下……」


「黙っていろ」


 ピシャリと言われて、思わず首を竦める。


「ほ、本当に申し訳ありません……! くつろぎの時間に、こんな……わたくしごとで殿下のお手を煩わせてしまいまして……。あの、殿下はお食事もまだのご様子……。わ、わたくしはもう大丈夫ですから……」


「……お前はいつもそうだな」


 震えながら謝るレティーツィアに、リヒトが少し憮然とした様子で呟く。


「え……? いつ、も……?」


 なんのことだろう? リヒトの前で体調を崩したことなど、ほとんどない。むしろ、これがはじめてではないだろうか。


 それなのに――いつも?


 わけがわからない。だが、その意味を悠長に考えている場合でもない。

 レティーツィアは再び、今度は両手でやんわりとリヒトの胸を押した。


「あ、あの……殿下……? ありがとうございます……。イザークを呼んでくださったので、あとは……わたくし一人でも大丈夫ですから……」


「黙っていろと言った。三度目は言わんぞ」


 けれど、今度はため息交じりに――しかし先ほどよりも強めに言われてしまう。


 そして、レティーツィアを抱く腕は微塵も緩まない。

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