大きく力強い手が、レティーツィアの震える肩をつかむ。


(どうすれば、いいの……!?)


 マリナ・グレイフォードにはかかわらないようにしている。

 あえてリヒトと一緒にいない時間を作って、彼女が行動しやすいようにもした。

 レティーツィア自身も大きく設定から外れた行動をしないように、常に心がけている。


 それなのに――どうしてこんなにも狂ってしまっているのか。


(どうすれば、正常に物語が進むの!?)


 このままシナリオや設定を裏切り続けたら――いったいどうなってしまうのだろう?


 乙女ゲームが乙女ゲームとして成立しなくなれば、その先に待ち受けるのは――!?


「……ッ……!」


 すさまじい恐怖に、心が侵食されてゆく。

 レティーツィアはブルブルと震えながら、頭を抱え込んだ。


「レティーツィア! どうした!」


 優しく、温かく、頼もしい手が、レティーツィアを包み込む。


(どうしようっ……! どうしたらいいの……!? ああ、誰か教えて……!)


 何をすればいい? なんだってする。努力するのは得意だから。どんなことでもやり遂げてみせるから。――教えてほしい。どうすれば、


「遅れて申し訳ありません! レティーツィアさ……」


 薔薇の小径からエリザベートの声がする。走ってきたのだろう。息が弾んでいる。

 レティーツィアを抱き締めるリヒトが身動きしたのと同時に、ガセポの中のリヒトの存在に気づいたエリザベートがひどく上擦った叫び声を上げる。


「り、リヒト殿下!? いいいいいらっしゃるとは知らず、ご無礼を!」


「いい! 頭を上げろ! お前、最近レティーツィアと昼休みをすごしている者だな!?」


「は、はい! あ、あの……!」


「レティーツィアの様子がおかしい! お前、イザークのいるサロンはわかるな!?」


 レティーツィアを抱く腕に力がこもる。


 ハッと息を呑む音――。状況は把握できないながらも、レティーツィアのために、自分が今なすべきことを見定めたのだろう。続いて聞こえたエリザベートの声からは、焦りも戸惑いも綺麗に消え去っていた。


「はい! 存じて上げております! お知らせすればよろしいですか!?」


 力強い――明瞭な返事に、リヒトが「ああ!」と頷く。


「医務官を呼べと伝えろ! あとはイザークに任せればいい!」


「かしこまりました! すぐに!」


 走り去ってゆく足音を聞きながら、レティーツィアは奥歯を噛み締めた。

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