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「え……?」
思いがけない言葉に、目を瞬く。
レティーツィアはポカンとして、リヒトを見つめた。
「わたくし……どこか変わりましたか……?」
たしかに、前世の記憶が戻ったりはしたが――しかしそれでレティーツィアとしての言動が変わったりしただろうか?
(もちろん、それでこの先に待ち受ける破滅を知ったことで、それを回避するためにマリナ・グレイフォードの行動に注意を払うようにはなったけれど……)
しかし――それだけだ。それ以外は、何も変わっていないはずだ。
少なくとも、人の目に触れる場所では。
(そりゃ、『推し』のいろいろな姿に萌え萌えするようにはなったけど、それは表に出しちゃ駄目なものだってわかってるからちゃんと自制しているし、萌えの衝動に駆られて、夜な夜な文章を書き散らすようにはなったけど、それもケイトとエリザベートさん以外は知らないこと。そのエリザベートさんも、私からカムアウトしたから知っているだけで、言動から気づかれたわけじゃないし……)
他人の目があるところでは、寸分違わず――今までどおりのレティーツィアであるようにと心がけてきた。
前世の記憶が戻ったことによって、本来のレティーツィアのキャラから大きく外れたことをするのはよくない。なぜなら、ここは乙女ゲームの世界。レティーツィアが設定やシナリオを大きく無視したせいで、乙女ゲームが乙女ゲームとして成立できない事態となってしまったら、いったい何がどうなるか予測がつかないからだ。
そうは言っても、別段無理してレティーツィアらしく装っていたわけではない。
前世の記憶が戻ったとしても、レティーツィアはレティーツィアだ。それは変わらない。
長い間かけて身につけてきたもの。ずっと心がけてきたこと。習慣もクセも信念も理想も、すべてがこの身にある。
いつものように、レティーツィアがレティーツィアであるだけのことだ。
(だから、少なくとも、リヒト殿下の目に見える形で変わったはずはないのだけれど……)
どういうことだろう? 何か不審に思われる行動をしてしまっていただろうか?
「あの……リヒト殿下……?」
おずおずと問いかけると、リヒトが小さく肩をすくめる。
「――いや、いい。変なことを言った。気にするな」
「でも……」
戸惑いに瞳を揺らすレティーツィアを手で制し、「それより……」と強引に話題を変える。
「待ち人はまだ来ないのか?」
これ以上訊いても、答えてくれはしないだろう。レティーツィアはそっとため息をついて、薔薇の小径へと視線を投げた。
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