第三章  推しには、わたくしと関係ないところで幸せになってほしいのよ!

「レティーツィア」


「っ……!」


 頭上から響いた声に、レティーツィアはビクンと身を震わせた。


 早咲きの淡いピンクの薔薇が、甘く香る。


 薔薇園の中にある、メルヘンチックな白いガセポ。精緻な装飾が彫り込まれた八本の柱に、三角のとんがり屋根がとてもかわいい。


 そんな、絵本やおとぎ話の挿絵で見るようなガセポの中には、白い木のテーブルとベンチ。そして、ケイトお手製のサンドウィッチと紅茶のセットが積まれたワゴンが。


 ここは、最近エリザベートと萌え語りをしながらお昼休みを過ごしている――秘密の場所。


 秘密といっても、誰にも知られていないという意味ではない。レティーツィアが、昼休みを特定の生徒と薔薇園の中ですごしていることは、むしろ周知の事実だ。

 そうではなく、ガセポの周りには厚い薔薇垣の壁があるため、人の目も耳も容易に届かない。安心して、内緒話ができる。そういう意味での、『秘密の場所』だった。


「リ、リヒト殿下……」


 慌てて立ち上がろうとしたレティーツィアを、リヒトが止める。

 座れと手で示されて、レティーツィアは戸惑いに瞳を揺らしながらベンチに座り直した。


(ど、どうしてリヒト殿下がここに……?)


 昼休みは、ほかの尊き方々とともに専用のサロンですごすはずだ。入学した時からこちら、そうしなかった日は一日もない。


(もしかして、サロンに行かなかったのは問題だった……?)


 今までレティーツィアは、リヒトの婚約者として彼に倣ってそうしていただけで、昼休みをサロンですごすように定められていたわけではない。基本的には自由にすごしていいはずだ。

 そしてそれはレティーツィアだけの話ではなく、各国の尊き方々も同じ。なんとなくそれが暗黙の了解となっているだけで、そうしなければならないという話ではない――はずだ。


 しかし、慣例や暗黙の了解を破ることを、快く思わない者もいる。


 みなが粛々と守っているからこその『暗黙の了解』なのだと。

 一人のくだらない我儘で、崩していいものではないのだと。


「最近、昼はここですごしているそうだな?」


 リヒトがレティーツィアの隣に腰を下ろして、静かに言う。

 レティーツィアは再びビクッと肩を弾かせ、その美しい横顔を見つめた。


「は、はい……。あの、いけませんでしたか?」

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