21

 瞬間、レティーツィアを映した新緑の瞳が、驚愕に染まる。


「ま……まさか……レティーツィアさまも……」


「――エリザベートさん。


 欲望で目をギラつかせながら、問いかける。


「その同人誌は、今どちらに!?」


「え……? も、もちろん、家に……」


「ケイト!」


 すぐさま、部屋の外に控えているはずの侍女を呼ぶ。

 間髪容れずドアが開き、侍女のケイトが恭しく頭を下げた。


「すぐに馬車を用意させてちょうだい! そして、出かける準備を!」


「――かしこまりまして。行き先はどちらに?」


「もちろん、彼女の家よ」


 そう叫んで、レティーツィアは呆然としているエリザベートの両肩を強くつかんだ。


「エリザベートさん!」


「は、はいっ!?」


「どうか読ませて。お願いですから読ませてちょうだい! 読ませて――いただけるわね!? そこまで話しておいて、読ませないなんて言わせませんわよ!」


 最後は脅迫に近くなっていたけれど、今は礼儀や行儀作法など気にしていられない。


「もちろん、わたくしが書いたものもお渡しするわ。その上で必要ならば、配布代をお支払いします。ですから……」


「いいえ、お金なんかよりも……! 読ませていただけるんですか!? レティーツィアさまが綴られた物語を!?」


「ええ! 起承転結がきちんとした物語はまだ一本しか書けていませんけれど、前後関係なく一つのエピソードを書き散らしただけものなら、いくつかありますわ!」


 唐突にはじまって、見たいシーンだけを一心不乱に書き散らしたもの。

 山なし、オチなし、意味なし――いわゆるヤオイものだ。


 読みたい同人誌がなければ、自分で書けばいい――。


 実はレティーツィアは、前世の記憶が戻ってからというもの、毎晩ガリガリと欲望のままに文章を書き散らしていた。


 憧れ続けた『画面の向こう』に転生し、キャラクターたちと実際に触れ合って――もう毎日萌えて萌えてしょうがない。

 語る相手もいなかったため、その萌えを消化するには――書くしかなかったのだ。


「どうぞ読んでちょうだい。もちろん、素人のわたくしが書いたものですもの。文章は拙く、お見苦しい点も多いと思いますわ。でも、これでもかと『性癖』を詰め込んでおりますから、わたくしの心にはとても響くものですの」


 自分の性癖のど真ん中を貫くモノは、自分が一番よく知っている。


「ですから、それらがもしもエリザベートさんの心の琴線にも触れたなら、語り合いましょう。思う存分語らせていただきたいし、またエリザベートさんのお話も聞きたいわ」


「……レティーツィアさま……


「でも――」


 レティーツィアは悪戯っぽく目を細めると、その指で優しくエリザベートの頬を撫でた。


「わたくしの同人誌は、少々刺激が強いかもしれませんわ。覚悟はよろしくて?」


「……ッ……!」


 その麗しい嫣然とした笑みに、エリザベートが顔を真っ赤に染める。


 そして――神に祈るかのように胸の前で両手を組むと、歓喜に身を震わせた。



「はいっ……! どこまでもおともいたします! レティーツィアさまっ!」



 

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