午前の授業終了の鐘が鳴るなり、レティーツィアは素早く席を立ち、教室を出た。


 選ばれし尊き方々は、昼休みには専用のサロンに集まるのが暗黙の了解のようになっている。


 レティーツィアやレアのように、婚約者という公式の立場を有する――つまり、尊き方々と同じ純白の制服を着ることが許された令嬢も、当然のようにそれに倣っていた。


 だが、決してそうしなければならないという話ではなかったはずだ。


(少し、隙を作ってみよう……)


 リヒトの傍にいる時間を意図的に減らしてみよう。マリナ・グレイフォードが行動しやすくなるように。


(シナリオに近い展開があったかどうかは、ほかの生徒の噂話から判断できると思うし……)


『推し』を愛でる時間が減るのは痛いが、まずはこの乙女ゲームの世界が正常に機能すること。その上で、悪役令嬢として破滅するのを回避すること。それが重要だ。


(それがクリアーできたら、そのあと好きなだけ愛でられるもの。『推し』を愛でて穏やかに過ごす老後を手に入れるためにも、今は我慢!)


 これからも良質な『萌え』に満ち満ちた人生を送るためならば、昼食を一人でとるぐらい、どうってことない。


(これで、少しは事態が動きますように……!)


 そう願いながら、レティーツィアはカフェテラスに足を踏み入れた。


 瞬間、室内が大きくざわめく。


「嘘……。レティーツィアさまよ……」


「レティーツィアさまが、なぜこちらに?」


「ランチはいつもサロンで召し上がるはずなのに……」


 びっくり眼の生徒たちを、レティーツィアもまた目を丸くして、ぐるりと見回した。


(あ、あれ……? 貴族専用のカフェテラスって、ここじゃなかったっけ……?)


 中には、ジャケットを着ている生徒たちばかりだ。ベージュのワンピース姿の女子生徒も、ベージュのフロックコート姿の男子生徒も見当たらない。


 どう考えても――違う。


(どうしよう……。昼食はいつもサロンで食べるから、よく知らないのよね……)


 ここは、おそらく貴族以外の者が利用するカフェテラスだ。


 学園内には、生徒たちに身分に縛られることなく交流を深めてもらうために、身分関係なく利用できる場所がたくさん作られているが、同時に、あえて利用者の身分を限定した場所も、しっかりと用意されている。それは差別のためではなく、礼節やしきたり、行儀作法などから解放され、気を抜いてくつろげる空間も必要との配慮からだ。


 その場所を不当に侵すことは、選ばれし者であっても許されることではない。


 レティーツィアはもう一度ぐるりと視線を巡らせると、両手を合わせて苦笑した。 


「みなさま、お騒がせしてごめんなさいね。どうやら、間違えてしまったみたい。実は友人を探しているのだけれど、貴族専用のカフェテラスはどちらだったかしら? 教えてくださると嬉しいのだけれど……」

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