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ペコリと頭を下げると、一拍置いて――シンと静まり返っていた室内が一気に和む。
「まぁ、レティーツィアさまったら……」
「レティーツィアさまでも、失敗されるんですね」
「そんなところもお可愛らしいな」
その場にあったピンと張った糸のような緊張が一気に緩んで、ホッとする。
「あ、あの……レティーツィアさま。よろしければ、ご案内しましょうか?」
安堵の息をついた瞬間、後ろから遠慮がちな小さな声がする。
レティーツィアは振り返って、そこに立っていた小柄な女子生徒ににっこりと笑いかけた。
「あら、それは申し訳ないわ。説明してくださるだけで……っ……!」
充分です――と続くはずだった言葉が、喉の奥で凍りつく。
レティーツィアは大きく目を見開き、女子生徒を凝視した。
紅茶色の髪のおさげ髪に春の新緑のような瞳。かなり小柄で、大きなとんぼ眼鏡が印象的な女の子だった。胸に、分厚い本を抱いている。
(キャラメル色のジャケット……
だが、レティーツィアの目を引いたのは、そんなものではなく――。
「あなた……それ……その腕のものは、
震える声で言うと、女子生徒が「えっ……?」と小さく叫んで、本を抱く手に視線を落とす。
その細い手首を飾っていたのは、紫の高級感のある組紐のブレスレット。大きな
組紐とは、美しく染め上げた絹糸を職人の手で一つ一つ丁寧に組み上げた紐のことをいう。
飛鳥時代には仏具・経典などの付属の飾り紐として伝来、奈良時代にはすでに礼服に使われ、広く普及。時代とともに、武具の紐や茶道具の飾り、着物の帯締めなどに用いられてきた――日本伝統の工芸品だ。
ブレスレットのデザイン自体も、驚くほど和風。和装でも使えるだろう。
(そして……これはっ……!)
レティーツィアはブルリと身を震わせると、女子生徒の両肩を勢いよくつかんだ。
「あ、あなた! お名前は!?」
「えっ……!? ええと、エリザベートと……エリザベート・アルディと、も、申します……!」
その勢いに驚き――気圧されたように、女子生徒が目をまん丸くして答える。
「お国はどちら? エメロードかしら? それとも……」
「は、はい。エメロードです。ち、父は……貿易商を営んでおります……」
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