『黙ってて! 口を出さないで! というか、どうしてここにいるのよ! あなたがいるから、うまくいかないのよ! どこかに行って!』


 ヒステリックに叫ばれただけではなく、ティーカップの紅茶を顔に掛けられて、サロン内は一時騒然となった。


 セルヴァがあの庶民の彼女がまた何かしたのではないかとと心配したのは、おそらくそれもあってのことだろう。


(それも問題なのよね……)


 リヒトが最初の行動をしないせいで、ほかの攻略対象がマリナに興味を持つどころか、逆に悪印象がどんどん積み重なっていってしまっている。


 これが続けば、本来乙女ゲームであるこの世界は、いったいどうなってしまうのだろう?


(何ごともなく進めばいいけれど……でもそうじゃなかったら?)


 乙女ゲームとして完全に破綻してしまったら、何が起こるかわからない。


 なんとか主人公がゲームを進められる状況まで持って行きたいのだけれど、それがなかなかうまくいかない。


 マリナに理不尽な八つ当たりをされようと、そんなものは微塵も気にならない。

 それよりも、シナリオが完全に無視され続けて、ゲームとして破綻してしまうことのほうがよほど問題だ。


「つらくなったらすぐに言うんだよ。リヒトに言いづらいなら、私でもいい。イザークでも、ラシードでも、最近仲良くしているレア嬢にでもいいから」


「お気遣いいただき、本当にありがとうございます。大丈夫ですわ」


 本当にまったく気にしていないし、むしろマリナの印象が悪くなることのほうが問題なため、にっこり笑顔でお礼を言う。


「それより、どうかなさったのですか? 二年の教室にいらっしゃるなんて」


 レティーツィアの綺麗な笑みに、セルヴァがホッとした様子で息をつく。

 そして、なんだか困ったように眉を下げると、少しおどけた様子で両手を広げて見せた。


「実はノクスを探していてね」


「またか!」


 ラシードがムッと眉を寄せる。


「お前んとこの側近はいったいどうなってるんだ。ちょいちょい行方不明になりおって。今週、これで三回目だろう。ヤークートでは考えられんぞ」


 そう言って、教室のドアの前に立つアシームを指差した。


「見ろ! あのアーシムを! 用もないくせに、休み時間のたびに二年の校舎に来やがる! 鬱陶しいことこの上ない!」


「鬱陶しいんじゃないか」


「だが、側近とはそういうものだろう? 主人に探させるなど……あってはならん!」

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