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 ラシードがニヤリと口角を上げ、リヒトを見る。


「そうだろう? リヒト」


「……なんのことだ」


 表情を一切変えることなく、その視線をサラリと躱す。

 そんな二人のやりとりを――しかしレティーツィアは、眉を寄せたままのアーシムに夢中でまったく聞いていなかった。


(ご、ごめんなさい! 私なんかが、あんなお言葉を賜ってしまって! そうですよねっ! ラシード殿下はあなたのものですものねっ!)


 前世では、キャラクターの関係性にも激しく萌えるタイプだったため、キャラクターとして大好きな『推し』と、関係性がたまらなく好きな『推しカップルCP』が別ということが得てして起こりうる。


『六聖のFORELSKET~語れないほど幸福な恋に堕ちている~』では、キャラクターの多さも手伝って、『推し』と『同性愛BLの推しCP』と『異性愛NLの推しCP』が存在していた。


 何を隠そう、ヤークートの主従は、レティーツィアの『BLの推しCP』だった。


(ああ……! この不用意な発言で、今夜ラシード殿下はお仕置きを受けるに違いない……!っていうか、お仕置きを受けてください……! 夜、二人きりになった途端、主従が逆転して、アシードが嫉妬から狼の顔を曝け出して、ラシード殿下を責め立てたりしたら、もう……!)


 ああ、たまらない。レティーツィアは真っ赤になった顔を両手で多い、小さく呟いた。


「と、尊い……!」


 アーシムの不機嫌顔一つで、妄想が滾る。


 それだけで、今日も幸せだ……!


「……たしかに、少し妙でしたね。王族に対する礼儀をご存じないとは」


 カツンと、靴音が響く。

 妄想の世界に旅立っていたレティーツィアは、ハッとして視線を戻した。


「特別に二年からの編入を許されたような人物が……。そんなことありえるのでしょうか?」


 どこまでも清々しい春の朝の空のような髪が、ふわりと揺れる。


「クレメンスか」


「今日も朝から難しそうな顔してんなぁ。お前」


 六元素は水を司る国――キュアノスの皇子、クレメンス・フォレミオン・リド・キュアノス。


 火を司るヤークートのラシード王子とは対照的で、おっとりのんびりとしていて、もの静か。とても思慮深く、いつも柔らかな笑みを唇に讃えている。


 髪と同じ色の瞳はいつも穏やかで優しく、森の中の静かな泉のような皇子だ。


「ごきげんよう。レティーツィア嬢」


「ご機嫌麗しゅう存じます。クレメンス殿下」

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