17

 そして、『推し』が、自身の力ではどうすることもできないような困難に直面した時には、微力ながらもお手伝いをさせてもらいたかったからだ。


 別世界に生息していては、『推し』を幸せにするためにできることなどほとんどない。

 同じ世界にいればこそ、『推し』を幸せにするために全力を尽くすことができる。


 だからこその、願い!


(ど、どうしよう……)


 レティーツィアは歩きながら、小さく唇を噛んだ。


 まったくゲーム展開にならないなんてことになろうものなら、シナリオを知っていることも、ゲームのエンディングまでほぼ丸一年の猶予があることも、何もアドバンテージにはならない。


 それではたして、本当に悪役令嬢としての破滅を防げるのだろうか?


 リヒト皇子ルートでは、どのハッピーエンドでも、ライバルのレティーツィアはヒロインを虐めていたことを断罪され、婚約破棄の上、隣国との国境近くの修道院に『生涯(なが)のお預け』となる。『生涯(なが)のお預け』とは、簡単に言うと、生涯軟禁されるということだ。


 もちろん、生涯修道院から出ることができず、多くの自由と権利が制限されるというだけで、そこは腐っても侯爵令嬢。衣食住についてはしっかりと保証されている。多くを望まなければ、庶民の暮らしとは比べものにならない、優雅で穏やかな一生を過ごすことができる。


 繰り返すが、多くを望まなければ。


(問題は、『推し』を思う存分愛でたいという願いは、その『多く』のほうに含まれるということなのよ……!)


 当然だ。相手は次期国王。罪人がそのご尊顔を拝すことなど、できるはずもない。ましてや、レティーツィアを断罪するのは、その皇子本人なのだ。


(『推し』が庶民なら問題はなかったのだけれど、一国の皇子である以上、存分に愛でるにはそれ相応の身分が必要不可欠。そして、『推し』に尽くすにも、それなりの財力は欠かせない。『推し』を存分に愛でるためには、侯爵令嬢の身分と財力は絶対に必要なのよ……!)


 だからこそ、悪役令嬢として破滅するわけにはいかない。


 しかし、何度も言うように、それはあくまで『推し』を存分に愛でていたいがためのこと。自身が『推し』と恋愛したいわけではないから、このまま何ごともなく無難に学園を卒業してリヒトと結婚するという展開は、それはそれでいただけない。


(私との婚約は円満に解消した上で、リヒト殿下にはヒロインと幸せになってもらいたい!)


 そもそも、リヒトとレティーツィアの婚約は、リヒト自身が望んだものではないのだ。


 リヒトには本当に心から愛した人と一緒になり、それを国王から、貴族から、民から大いに祝福され、誰よりも幸せになってもらいたい! 


 その姿を、少し遠くから見守りたい!


 それが理想――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る