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「リヒトさま!」


 弾んだ声を上げて、濃いブラウンの制服を着た女子生徒がリヒトに駆け寄ってゆく。


 あたりが驚愕にざわめいた。


(来た……!)


 一気に、身体に緊張感が走る。


 マリナ・グレイフォード――ヒロインだ。


「リヒトさま。昨日はありがとうございました!」


 反射的に足を止めたリヒトの前に回り込んで、マリナがにっこりと笑う。

 上気した頬に、桜色の唇。青空をバックに、春らしいピンクのリボンがヒラリと風に舞う。


 それは、ゲームのシナリオどおりの行動だった。


 けれど――。


「リヒト殿下を呼び止めた、だと……?」


「身分低い者から声をかけるだなんて……!」


「なんてことを……! 信じられない……!」


「礼儀知らずな……」


 信じられないと言わんばかりの声が、あちこちから聞こえる。

 レティーツィアもまた、その暴挙に唖然として目を丸くした。


(ゲームをプレイしていた時は、ピンと来なかったけれど……)


 レティーツィアとして生きてきたからこそ――わかる。ヒロインの行動がどれだけ常識から外れているか。


 常識がない――どころではない。『これだから庶民は』などと嘲笑できるレベルでもない。正直、この場にいる同じ庶民たちですら、ドン引きしている。


 少し、驚く。


 二十一世紀の日本で生きた『私』の目には、ただ可愛らしく――微笑ましく映った行動が、この世界で生きている者にとっては、正気さえ疑うほどの愚行となるなんて。


 あらためて、世界が違うのだと実感する。


『私』の中の『普通』は、この世界のそれとは違う。


 それはつまり――ゲームのプレイヤーの『当たり前』と、その世界で生きるキャラクターのそれは、まったく違うということだ。


「リヒトさま! よろしければ、学園も案内していただきたいんですけど……!」


 マリナが人を惹きつける明るい笑顔で言う。――覚えのあるセリフだった。


(シナリオどおりの言動なのに……)


 思わず、唇を噛む。


 しかし、それもまた――この世界の常識では考えられないことだった。

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