11
「リヒトさま!」
弾んだ声を上げて、濃いブラウンの制服を着た女子生徒がリヒトに駆け寄ってゆく。
あたりが驚愕にざわめいた。
(来た……!)
一気に、身体に緊張感が走る。
マリナ・グレイフォード――ヒロインだ。
「リヒトさま。昨日はありがとうございました!」
反射的に足を止めたリヒトの前に回り込んで、マリナがにっこりと笑う。
上気した頬に、桜色の唇。青空をバックに、春らしいピンクのリボンがヒラリと風に舞う。
それは、ゲームのシナリオどおりの行動だった。
けれど――。
「リヒト殿下を呼び止めた、だと……?」
「身分低い者から声をかけるだなんて……!」
「なんてことを……! 信じられない……!」
「礼儀知らずな……」
信じられないと言わんばかりの声が、あちこちから聞こえる。
レティーツィアもまた、その暴挙に唖然として目を丸くした。
(ゲームをプレイしていた時は、ピンと来なかったけれど……)
レティーツィアとして生きてきたからこそ――わかる。ヒロインの行動がどれだけ常識から外れているか。
常識がない――どころではない。『これだから庶民は』などと嘲笑できるレベルでもない。正直、この場にいる同じ庶民たちですら、ドン引きしている。
少し、驚く。
二十一世紀の日本で生きた『私』の目には、ただ可愛らしく――微笑ましく映った行動が、この世界で生きている者にとっては、正気さえ疑うほどの愚行となるなんて。
あらためて、世界が違うのだと実感する。
『私』の中の『普通』は、この世界のそれとは違う。
それはつまり――ゲームのプレイヤーの『当たり前』と、その世界で生きるキャラクターのそれは、まったく違うということだ。
「リヒトさま! よろしければ、学園も案内していただきたいんですけど……!」
マリナが人を惹きつける明るい笑顔で言う。――覚えのあるセリフだった。
(シナリオどおりの言動なのに……)
思わず、唇を噛む。
しかし、それもまた――この世界の常識では考えられないことだった。
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