「…………」


 色のついた制服を纏う生徒たちの羨望の眼差しの中を、凛と顔を上げて歩く。


 歩く姿は百合の花――まさにそれを体現する優雅さだが、実は内心では冷や汗をかいていた。


(き、昨日まで、この手放しの称賛に平然とできていたなんて……)


 昨日までと同じようにふるまうことは苦もなくできるけれど――前世の記憶に裏打ちされた新しい視点と思考を手に入れたからだろうか? すべてが昨日までとは違って感じられる。


 いったいどういうメンタルをしていたのだろう。自分で自分が信じられない。


(ああ、恥ずかしい……。言うほど完璧ではないんです。いえ、昨日までのレティーツィアは非の打ちどころがなかったかもしれないけれど、今は違うんです。アラサーのヲタ女の記憶が同居しちゃってるんです)


 できることならば、誰の目も届かないところに、今すぐ隠れてしまいたい。


 そんな自分を必死に押し留めていると、背後で大きなざわめきが起こる。

 レティーツィアはハッと身を震わせて、素早く後ろを振り返った。


「ッ……!」


 ドキンと心臓が大きく跳ねる。


 視線の先で、純白のマントが翻る。レティーツィアは数歩下がって、姿勢を正した。


「……!」


 歩くだけで人を惹きつける――カリスマ。そのすぐ後ろに付き従う忠実な下僕しもべが、いち早くレティーツィアに気づいて、頭を下げた。


「ごきげんよう。イザーク」


「ご機嫌麗しく存じます。レティーツィアさま」


 シュトラール皇国第一皇子リヒト・ジュリアス・シュトラール殿下の第一従者、イザーク・リード。ふわふわと軽いライトブラウンの髪に、同じ色の穏やかな瞳。柔和な印象の好青年。


 リヒト殿下と同じ、レティーツィアの一つ上の三年生だ。


(ただ、柔らかいのは外見とイメージだけだけれど……)


 実はごく近しい者しか知らないが、超絶腹黒の好青年詐欺男だ。冷静沈着。ひどく計算高く、敵と認識した者にはどこまでも冷酷になれる。


(まぁ、皇子の側近はそれぐらいのほうが頼りになるのかもしれないけれど……)


 しかし、だからこそ――実際レティーツィアを追い詰めるのは、この男なのだ。


 今は穏やかに笑っていても、リヒトのためならば容赦なく牙を剥く。


「…………」


 冷や汗が、背中を滑り落ちてゆく。


(気をつけなくては……)


 悪役令嬢としての破滅エンドを回避するためには、この男は一番警戒すべき者だ。

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