5
唐突に途切れて、それ以降が一切ないのだ。そう考えるのが自然だろう。
そして――鮮やかに広がる、『わたくし』としての記憶。
「……なるほど。理解したわ」
ゆっくりと目を開き、呟く。
ここは、乙女ゲームの世界。つまり、自分は異世界転生したということだ。
(これは……漫画でも、ラノベでも、支部でも、なろうでも、同人誌でもめちゃくちゃ見た。乙女ゲームの世界に転生……。アレだ……!)
レティーツィアは顔を上げると、鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめた。
今の自分は、大人気乙女ゲーム――『六聖のFORELSKET~語れないほど幸福な恋に堕ちている~』のキャラクターの、レティーツィア・フォン・アーレンスマイヤー公爵令嬢。
シュトラール皇国第一皇子――リヒト・ジュリアス・シュトラールの攻略ルートで登場する、ヒロインの恋のライバルで、悪役令嬢だ。
「あ、あの……? レティーツィアさま……?」
ベッド脇に控えている女性が、気遣わしげにレティーツィアを――自分を呼ぶ。
レティーツィアは大きく一つ深呼吸をすると、ゆっくりと立ち上がった。
「驚かせてしまってごめんなさい。みっともないところを見せてしまったわね。夢見が悪くて、少し混乱してしまったの」
肩にかかった髪を指で軽く払って、にっこりと微笑む。
「あ……そ、そうでございましたか。もうお加減のほうは……」
「悪くないわ。――おはよう。ケイト。今朝のベッド・ティーは何かしら?」
ベッドへと戻って、ふかふかのマットレスに腰掛けると、女性――侍女のケイトが、ホッと安堵の息をつく。
「今朝は、カルディナ社のダージリンをご用意しました」
淡いグリーンのスワッグ模様が美しいティーカップに、ケイトが見事な手つきで紅茶を注ぐ。
芳しい香りが一気に広がる。レティーツィアは内心、そっと息をついた。
(落ち着いて……)
まだ、手が細かく震えている。それを知られないように気をつけながら、レティーツィアは紅茶を受け取った。
(大丈夫……落ち着いて……。突然『私』の記憶が戻って一時的に混乱してしまっただけで、『わたくし』の記憶が無くなったわけじゃない。落ち着いて……思い出して……)
ティーカップを口に運びながら、必死に頭の中を整理する。
(わたくしは、六聖アエテルニタス学園の二年生になったばかり。新学期がはじまったのは、つい先日のこと。ゲームで言えば、オープニング直後。ヒロインが転入してきたところ……。え? あれ……? ヒロイン、転入してきてた……?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます