唐突に途切れて、それ以降が一切ないのだ。そう考えるのが自然だろう。


 そして――鮮やかに広がる、『わたくし』としての記憶。


「……なるほど。理解したわ」


 ゆっくりと目を開き、呟く。


 ここは、乙女ゲームの世界。つまり、自分は異世界転生したということだ。


(これは……漫画でも、ラノベでも、支部でも、なろうでも、同人誌でもめちゃくちゃ見た。乙女ゲームの世界に転生……。アレだ……!)


 レティーツィアは顔を上げると、鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめた。


 今の自分は、大人気乙女ゲーム――『六聖のFORELSKET~語れないほど幸福な恋に堕ちている~』のキャラクターの、レティーツィア・フォン・アーレンスマイヤー公爵令嬢。

 シュトラール皇国第一皇子――リヒト・ジュリアス・シュトラールの攻略ルートで登場する、ヒロインの恋のライバルで、悪役令嬢だ。


「あ、あの……? レティーツィアさま……?」


 ベッド脇に控えている女性が、気遣わしげにレティーツィアを――自分を呼ぶ。

 レティーツィアは大きく一つ深呼吸をすると、ゆっくりと立ち上がった。


「驚かせてしまってごめんなさい。みっともないところを見せてしまったわね。夢見が悪くて、少し混乱してしまったの」


 肩にかかった髪を指で軽く払って、にっこりと微笑む。


「あ……そ、そうでございましたか。もうお加減のほうは……」


「悪くないわ。――おはよう。ケイト。今朝のベッド・ティーは何かしら?」


 ベッドへと戻って、ふかふかのマットレスに腰掛けると、女性――侍女のケイトが、ホッと安堵の息をつく。


「今朝は、カルディナ社のダージリンをご用意しました」


 淡いグリーンのスワッグ模様が美しいティーカップに、ケイトが見事な手つきで紅茶を注ぐ。


 芳しい香りが一気に広がる。レティーツィアは内心、そっと息をついた。


(落ち着いて……)


 まだ、手が細かく震えている。それを知られないように気をつけながら、レティーツィアは紅茶を受け取った。


(大丈夫……落ち着いて……。突然『私』の記憶が戻って一時的に混乱してしまっただけで、『わたくし』の記憶が無くなったわけじゃない。落ち着いて……思い出して……)


 ティーカップを口に運びながら、必死に頭の中を整理する。


(わたくしは、六聖アエテルニタス学園の二年生になったばかり。新学期がはじまったのは、つい先日のこと。ゲームで言えば、オープニング直後。ヒロインが転入してきたところ……。え? あれ……? ヒロイン、転入してきてた……?)

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