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「え……? 誰と申されましても……あの、レティーツィアさま? もしや、お加減が……」
ヴェールの向こうの人影が、困惑した様子で言う。レティーツィアは眉をひそめた。
その声に、悪意や害意といったものは感じられない。安心していいかはわからないけれど。悪意も害意もなく、若い女性の住居に侵入する人間のほうが、むしろ怖い気がする。
しかし、気になったのは、そんなことではなく――。
「レティー……ツィア……?」
それは、ここのところ毎日、目に――耳にしている名前だった。
なぜ、部屋に不法侵入した暴漢がそれを口にするのだろう?
(いや、違う……! そんなことはどうでもいい! まずは助けを呼ばなきゃ……!)
しかし、指が一向にスマホに触れない。いつも、枕もとに置いているはずなのに。
冷や汗が、背中を滑り落ちてゆく。レティーツィアはブルブルと震えながら、横目で素早く手もとを確認した。
「え……?」
ひどく手触りのいい、カシミヤシルクのシーツ。淡い青に白で、何やら紋章のような模様が染め抜かれている。
そこには、スマホも、大音量の目覚まし時計も、学生時分から愛用している蕎麦殻の枕も、一切見当たらなかった。かわりに、ふかふかの大きなクッションが四つ。
そもそも、ベッドのサイズが違う。もしかして、ダブルよりも大きいのではないだろうか? そのマットレスは手で押しただけで、上質なものだとわかる。いつも自分が寝ているそれとは比べものにならないほど。胸に抱いているのも、シルクの毛布だ。
「何……? これ……?」
何もかもに、見覚えがない。
わけがわからず、キョロキョロとあたりを見回して――ハッとする。
レティーツィアは大きく息を呑み、恐れ慄きながらヴェールの向こうの人影に視線を戻した。
そうだ。そもそも部屋にこんなものはない。自分を取り囲む、この美しいヴェールはなんだ。どうして自分は、その中にいるのか。
(な、なんなの!? いったい何が起きているの!?)
鼓動がどんどん早くなってゆく。レティーツィアは、震える手を胸の前で握り合せた。
(ここは、私の家じゃないの!?)
「レティーツィアさま……?」
人影の――ひどく気遣わしげな声に、ゴクリと息を呑む。
声に不穏なものが感じられないことだけが、唯一の救いだった。
レティーツィアは必死に自分を奮い立たせると、目の前のヴェールに手を伸ばした。
「ッ――!」
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