第一章  推しを存分に愛でるためにも、身分と財力は必要ですわ!


 何やら芳しい香りが、鼻孔をくすぐる。

 それに誘われるように、ゆっくりと意識が浮上する。


「おはようございます。レティーツィアさま。お時間でございます」


 小鳥のさえずりとともに、女性の穏やかな声がする。


「……ん……」


 小さく身を震わせ、レティーツィアはそっと目蓋を持ち上げた。


(ああ~……いい夢だった……)


 半覚醒のぼんやりとした状態で、それでも勝手に唇が綻ぶ。


(夢の中でさえ尊いがすぎる『推し』……。幸せ……)


 悪役令嬢を断罪する姿は、ぐうの音も出ないほどかっこよかった。


 もともと正義感は強いけれど、それでも彼はいずれ王となる者。普段は決して、大勢の前で激昂して怒鳴り散らすなんてことはしない。


 あれは、心から愛する者を傷つけられたからこその怒り――。


 真っ直ぐに悪役令嬢をねめつける、苛烈な炎に燃えた金の双眸。そして、マリナを抱く腕の頼もしさと言ったら。


(ああ、もう……素敵すぎる……!)


 ゆっくりと両手を挙げ、顔を覆う。

 そして、激しい萌えに全身を震わせながら、ほうっと息をついた――その時。


「レティーツィアさま?」


 なんだか訝しげな声が、かなり近くから聞こえる。レティーツィアはビクッと身を震わせた。


(えっ――!?)


 一気に、頭が引き戻される。自分は一人暮らしだ。起きぬけに部屋の中で自分以外の誰かの声を聞くなど――誰かの気配がするなど、ありえない。


 レティーツィアは弾かれたように起き上がり、毛布を強く抱き締めた。


「だ、誰っ!?」


 ベッドの周りは、なぜか幾重にも重なる薄いヴェールで囲まれていた。

 それでも、その向こうに人影がはっきりと確認できる。やっぱり、部屋の中に誰かいる!


 心臓が嫌な音を立て、全身から血の気が引く。


(け、警察……)


 人影を見つめたまま、枕のあたりを手で探る。スマホ……スマホはどこ!?

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