第5話 無口の妖精は気難しい

 神田が職員室を出てから約15分、本当に掃除をしているならまだ居てもおかしくは無いが、それに期待するのは違うだろう。

 だがしかし、それに賭けるしかなかった。

 今日が恐らくラストチャンス。

 教師として、担任として、1人の大人として、これを逃せば頼ってくれなくなると。

 直接言って欲しかったとは思わない。

 誰もがそうできたのであれば、世界は常に平和であろう。

 誰がいつ何を抱え込んでいるか分からない、それもまだ心が繊細な子供は特に。

 教室に入ろうとドアを開けると、そこに帰ろうとしていた神田がいた。


「おわっ!?」

「……」

「大丈夫か?」

「……」


 慌てて桐谷が避けたとはいえ、正面からぶつかった神田は後ろに倒れ尻もちを着いたが、何も反応がない。


「お前のメッセージ、気づけなくて悪かった。今まで、気付こうと思えば気づけるような仕草はあったんだ。それに気づいてやれなかった俺は担任失格だ。だから、今度は担任じゃなく、教師じゃない1人の大人としてチャンスをくれないか?」


 尻もちを着いたままの神田に、手を差し伸べる。桐谷はただ、立てるようにと手を貸したつもりではあった。特別深い意味はない。

 しかし、手を差し伸べられる方はどうだろうか?

 もしかしたら、と大した期待を抱いていたわけでなく。職員室に呼ばれた時は嬉しかった、気づいてくれたんだと。悪戯だと注意された時はとてもガッカリした。それでもこうして、教室に飛び入って来るくらいには心配してくれた。


 少しは、信じてもいい……かな?


 そんなふうに思ってしまった。


 その手を取っていいのかと、差し出された手を見つめながら考えた。


「大丈夫か?とりあえず、起こすぞ?」


 桐谷は強引に手を取り、神田を立たせる。


「あっ」

「ん?痛かったか?」

「……いえ、なんでもありません。それより、読みましたか……?」

「あぁ、最初の方はもう無かったがなんとか8枚はあった。「しんじてもいいですか」、だろ?」

「……だとしたら、どうするんですか?」

「信じて欲しい、これは担任とかじゃなくて1人の大人として、人間としてそう思ってる。」

「そう……ですか。」

「あぁ、言っただろ?いつでもいいって。だから、いつでも相談でもなんでも聞いてやる。」

「……分かりました。では、ゴールデンウィーク明けに。また会いましょ、せーんせ。」


 少し考えた素振りを見せたあと、軽い足取りで帰っていった。ちらっと見えた表情は、今まで見た事のない笑顔だった。


「あれ、なんかいい感じ……なのか?」


 桐谷の素っ頓狂な声は窓の隙間から吹く風音に消された。

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