第6話 天使の卒業式 6

「お疲れ様」

 と、リキエルが言った。

「まあ、いろいろなことが、確かにあったよね」

 夜になり自室に帰ってきたそよぎは今日一日にあった出来事を振り返ってそう言った。

「繰り返さなくてもいい? 今日に後悔はない?」

 リキエルと名乗る少女はとう問いかけた。

「リキエルこそ、今日に後悔はないの」

「私は、ないよ。そよぎに勝ったし」

「あれは、芯でとらえられたから、わたしの勝ちでもあると思うけどな」

「もう一回、勝負してみる?」

「いや、いいや。その勝負があったから、今がある、かもしれないし」

 そよぎはその勝負の後のことを思い出した。

「六花との約束が、おかげで果たせたし」

「じゃあ、これで、終わりだね」

 リキエルがそう告げた。

「ちょっと待って」

 とそよぎは思わず呼び止めた。何を聞きたかったのか何を伝えたかったのか。それを必死に考えて、口にする。

「リキエルは、ずっとこの学校にいて、今日のわたしで、生徒全員に素敵な一日を与えたんだよね」

「そうだね」

「なら、4月からも、この学校に残るの?」

 彼女は少し悩んだ声を出した。どうするかを思案している、というよりは、どう伝えるかを悩んでいる、そう言った様子で、前髪をいじっていた。そしてその指を離した。

「私も、卒業しようと思って。この街から出ようと思ってるんだ」

「わたしについてくるの?」

「違う。ただ、同じところに居続けるのも、少し飽きてきたと思ったのと、この街にいたい理由もなくなったから」

「それってわたしのことだったり」

「違う。それはそよぎの自意識過剰」

 そだね、とそよぎはそれに肯定した。冗談のつもりでもあったけれど、それでもきっと今日までは自分たちのことを見ていたかったのだとそよぎは思っていた。そうでなければ、彼女が自分の前に今日現れた意味が分からない。

 それじゃあ、と言葉を紡ぐ。この日のために、こんなことがあると思ってもらっておいたものを、カバンから取り出した。

「わたしさ、あなたの存在を噂で聞いたとき、このままじゃ約束の期限が来て、それで約束を破りそうでいたらさ、きっと今日に六花が来てくれると思っていたから。これ、作ってもらってたんだ。リキエルもずっと学校に来てたんでしょ? なら、あなたがもらってくれないかな。せっかくだから、さ。」

 そう伝えられた彼女の表情が、驚きと嬉しさを隠そうとしているものに見えた。六花は、感情が表情に出やすいな、とそよぎは思う。

「それなら橘六花の墓にでも供えてあげればいいでしょ」

「そうして欲しいなら、あなたがやって。わたしは、この証書、あなたに託すわ」

「……なら、受け取っといてあげる」

「ありがとう。

 そうだ、読んであげる。

 卒業証書。橘六花殿」

「六花じゃないよ」

「これは、六花の証書だからさ」

「……そうだったね」

「続き、読むよ。

 橘六花殿。本校が定める課程を修了したことを証します」

 そよぎは証書を彼女に渡す。リキエルはそれを受け取った。

「本校が定める課程、全く修了してない気がする」

「まあ、その辺は、定型文だし、ご愛嬌ということで。それともわたしが決めてあげようか」

「いや、いい。私がしてきたことは、私が一番わかっているはずだから」

「リキエルはみんなに良き一日を与えてきたものね」


「そろそろ、次の日になっちゃうけど、リキエルはずっといていいの?」

「いや、そろそろ姿を消すよ。心配しなくても」

「そのまま、人のフリして生きていく、というのは無理なのかな」

「無理。私は、そういう存在じゃないから」

 リキエルはそう断言した。

「そっか」

「まあ、もしかしたら、また会うかもしれないけどね。私が一方的に」

「なにそれ。不平等」

「私はそういう存在だから」

 少し、悲しそうに笑っているように見えた。それはそういうふうに見ようとしたからかもしれないと思った。

「私も、この何年かをあなたと同じ学校にいられて、まあ、よかったよ。面白かったし、楽しかった。いろんな人がいて、いろいろな考えがあって、私と似た価値観を持つ人がいて、自分の趣味じゃない行動をとる人がいて。見届けたかった人がいて。

 ありがとうね。

 そよぎも、卒業、おめでとう」

「ありがとう」

 リキエルの手を握る。

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