第6話 天使の卒業式 5

 グラウンドに移動し、そよぎの指示をリキエルは聞いた。そよぎからリキエルへあてられた指示はこうだった。

『サイドスローで投げること。

 得意な球種はシンカーで。

 なるべく打たれないように』

「サイドスローって何」

 とリキエルは質問した。

「あなた知らないわけないでしょ、すっとぼけないでよ。太一とリキエルは話をしてたんでしょ」

 うっかりしてた、という顔をして、リキエルはグラブを受け取った。

「そういうところが、六花に似てるねと言われてしまう所以だよ」

「うるさいな。私はリキエル」

 そう言いながら彼女はマウンドに上がる。

「じゃあ、まあ、人知を超えたボールは投げないようにするけど、打たせるつもりもないから。覚悟して」

「いいよ。来い」

 そよぎはバッターボックスで構えた。ヒットを打つためのフォーム。遠くには飛ばさず、内野を抜けるような打球を打つためのフォーム。

 彼女が投球準備に入る。そのフォームは、案の定、橘六花のそれに似ていた。思わず笑みがこぼれる。その様子を見て彼女は投球動作を止めた

「なに笑ってるのよ」

「いや、なんでもない」

「わざと橘六花のフォームに似せてあげてるの」

 なるほどね、と言って、もう一度構える。集中しなければきっと打てないから。

 彼女の腕がしなって、地面と水平に伸ばされた手から、ボールが放たれた。

 六花の投球はまずストレートから入ることが多いと聞いていた。だから、それを読んで一球目を仕留めに行く。そのタイミングでスイングする。ボールはそよぎの方へ曲がっていき、バットは空を切る。

「シンカー」

 投げられたボールの球種を思わず口にしてしまう。

「あなたがそれを得意球にしろと言ったんじゃない」

 その裏をかいてくる、と踏んでいたが、それは読みすぎだったろうか。切り替える。まだ追い込まれていない。狙い球は絞った方がいい。

「来いっ」

 二球目を待つ。外角にストレート、ボール球を放るだろうと読む。だから外角にボールが来たら捨てる。内角、シンカーなら打つ。そう決めた。

 リキエルの投球は外角にボール球。

「ボール。カウントは1-1だね」

 そう告げると彼女がふう、と息を吐いた。次に何を投げるか思案しているように見えた。私もヤマを張りなおす。

 次の球は外角に曲がっていく速い変化球だった。

「え、そんな球投げれるんだっけ」

「私は投げたけど」

「ずるい」

「ずるくはない。練習してたもん」

 嘘は苦手な彼女だから、その言葉は真実なのだろう。集中を切らせたくない。もう一度「来いっ」と叫ぶ。狙い球は、シンカー。

 彼女が放った球は、真中へ来た。それがストレートのはずがない。内側のシンカーが来る軌道に合わせてスイングした。芯で当たる。


「私の勝ちだね」

 芯でとらえたボールはリキエルのグローブに入っていた。

「三振以外はヒットじゃないかな」

「ピッチャーライナーはアウトだから。まあ、いい当たりだったし、そよぎの勝ちだと思うなら、そう思っててもいいんじゃないかな」

「そういう言い方が六花みたいだって言ってるのに、もう」

「六花じゃない。でも、私が勝ったしせっかくだから、一つこうしてもらおうかな、というのがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな」

「いいよ、勝負に乗ってもらったんだもの。不思議な力の使える天使様のためにできることがあるなら、なんでも」

「じゃあ、橘六花との約束をきちんと果たして」

 そう言うだろうと梵は思っていて、それが案の定だったから、思わず笑ってしまう。

「それは、ちゃんと果たすつもりではあったんだよ」

「約束の日付は今日までなのに?」

「そう、今日までだから。まだ破ってないでしょ」

「そうだけど、さ」

 そよぎの携帯端末のアドレス帳の中には、高校生になって交換した二つの思い出深い連絡先がある。一つはもうつながらない、一つは、まだつながっている。つながっている方の連絡先に電話をする。

「今から出てこられるかな」

 グラウンドで待っていると伝えて、電話を切った。

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