第6話 天使の卒業式 3

「お前、なんか見えない人でも見えてるの?」

 教室に着いて、目が合った太一がそよぎに尋ねた。

「なして、そんなこと聞くの」

「校門のところで、誰もいない方を見てさ、誰かと話しているように見えたからさ」

「そうだ、って言ったらどうなるのかな。病院でも紹介されるのかな」

「いや、そんなことはしないよ。ただ、俺も前にあった気がしてさ。リキエルとか名乗ってたやつがいてさ、俺にだけ見えるって言ってて」

「え、なんで覚えてるの」

 とリキエルが驚いた。その問いに答えるのは周りの目を考えるとできないので、そよぎは彼女の方に会話に入ってくるなと目配せした。

「太一はリキエルに会ったことがあるの」

「本当にリキエルを名乗るやつがいるのか。

 いや、こんなことを言っても変なことを言い出したと思われるかと思ってさ。言わないでいたんだけど。去年の秋の練習試合の日に、そんな奴がいて、話をしたのを覚えてる。嘘みたいで幻でも見ていたんじゃないかと思っていたんだけれど。ただ、覚えてたのはそのリキエルが六花に似ていたから、なんだろうな」

「何で覚えてるの」

 リキエルがそう聞きたそうだったので、代わりに質問をしてみた。

「なんでって言われても、確かに夢みたいな日だったとは思ったけど」

「変わったこととかなかったの」

「リキエルって人が誰にも見えてないこと以外は特に」

「じゃあ、一日を繰り返したりとかは」

「なにそれ。……ああ、そういえば、そんなことを言っていたかもしれないな。繰り返さなかったけど」

「だからだ」

 繰り返さなかったことが記憶に残っている原因なのではないか。

「何が」

「いや、何でもない。でも、そっか。覚えてたんだ」

「変な日だったからさ」

 と、太一は良い思い出を振り返るような表情で返事をした。


「ということですけど、六花さん」

「これは、不思議な力のバグ、というか仕様、もとい設定ミスね。あと、六花じゃなくて、私はリキエル」

 自分の名前を訂正してから、なるほどね、確かにそうだ、と彼女はぶつぶつとつぶやいていた。

「他にもリキエルのことを覚えている人がいるかもしれないよね」

「いや、みんなこの力を使ってたはず。……いや、そうだ、もう一人いる」

「わたしの知ってる人かな」

「そうだね。二宮さん。二宮四葉さん」

 二宮四葉とはそよぎの小学校からの長い付き合いの友人で、高校では理科部、なる個人の部を作り、わざわざ先生の許可をもらいよく理科準備室に居座っていた変わり者だ。

「やっぱり四葉と付き合いがあったんだ」

 と、そよぎは彼女に言ったが、彼女はまた、ぶつぶつと、だから忘れてなかった、やられた、などと、恨み言を言っていた。

「会いに行く?」

「いや、いいよ、行かなくても。今日はそよぎの日だから」

「わたしもあなたのこと忘れたくないから、繰り返さないよ」

 そう、とリキエルは言った。

「なら、後悔がないように、行動することね」

「卒業式の答辞でかんだら、繰り返すかも」

「さっき忘れたくないって言ったくせに」

「冗談、ジョークだよ。六花的にはわたしに今日のこと覚えていてほしい?」

「それは、そよぎが決めること。あと、六花じゃなくて、リキエル。そろそろ、卒業式の準備で忙しくなるでしょ。私はまた隠れるから、そよぎは、ちゃんと役目を果たしておいで」

「言われなくとも」

 そよぎは右腕を上にあげる。これは、太一の気合を入れるときの癖だった。リキエルもそれにならって右腕を上げた。彼女は自分が六花であることを否定しながら、態度ではそれを肯定していて、その姿が何かちぐはぐなことに、そよぎは思わず笑ってしまった。

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