第6話 天使の卒業式 1
この日は卒業式。
橘六花が入学したときの同級生が卒業する。
そんな日に選んだこの学校で最後のターゲットが五十嵐そよぎだった。
五十嵐は天使がおそらく六花であることを知っていた。
太一があの練習試合でホームランを打った日に言っていた『天使』が六花を相手に話しているようだったこと。
その天使にまつわるうわさが学校で広まっていること。
彼女にはそんな不思議な一日がまだ来ていないと彼女は確信しているようだったこと。
――
「あなたが天使なんでしょ」
五十嵐そよぎは金髪で白のワンピース少女にそう尋ねた。彼女はその言葉に驚いていたが、落ち着きを取り戻し微笑んだ。
「そうね。私はリキエル。本質的には天使ではないけれど、あなたたちが言うような天使のようなことをやっているわ」
ただ、そよぎは、その存在を噂で聞いた時から、きっとこの天使という存在は、私の知っている人なのではないかと考えていた。そして、実際に会って、それが確信に変わった。
「らしくない口調で話すんだね。六花。語尾に『わ』をつけるような話し方してなかったでしょ。それはどちらかというと四葉みたいな話し方。真似てみてるのかな」
リキエルと名乗った彼女は、不満そうな表情を見せた。
「六花じゃない。リキエル。六花はもういない。そうでしょう」
「でも、あなたは六花の記憶を持っている。じゃないかな、六花」
「……少なくとも、私のことを六花と呼ぶのはやめてくれない?」
彼女は強情だから妥協してあげよう、そよぎは思った。
「で、何の用なの」
「特に用というほどでもないけれど。五十嵐そよぎさん、あなただけが、まだこの学校で私に出会っていない。それはよくない、公平じゃないと思ったから、あなたに会いに来たの」
「卒業式の日の朝に?」
「そう。卒業式の日に。偶然にも」
「必然じゃない?」
「さあ。そういうこともあるわ」
「わたし、まだ六花との約束、守ってないから。直接かかわって、守らせに来たんでしょ」
「ならその約束を守ってみたらいいんじゃないの」
「白々しい」
実際そよぎには彼女の態度が白々しく見えていた。嘘をつけないタイプが秘密を持つとこうなる、というのは、この学校に入ってできた橘六花という友達に散々教えられた。思っていることが態度に出てしまう、という意味で六花という人は嘘の付けない少女だったと思い出す。
「私のことを知っているなら、私に何ができるか、とかも知っているの?」
「そこまでは知らない。ただ、天使に関わった人は、その日が自分のやりたいことができた日になる、と噂になってるよ」
「そう。正確に言うと、その日が満足する一日になるまで、その日を繰り返すことができる」
「それは、確かに満足する日になるね」
「ただし、繰り返したことは忘れるの」
「だから正確な情報が流れてこないんだ」
ところで、あなた、六花だよね」
一つ問いに答えてもらったところで、ついでにという感覚で質問をぶつけてみた。
「リキエルよ」
が、思いのほか、彼女は強情だった。
「まあ、いいよ」
「今日をどういう日にしたいかとか考えて。でないと五十嵐さんがこの日を繰り返し続けることになるよ。毎日が卒業式だね」
「毎日答辞を答えたくはないよ」
前生徒会長であったそよぎは、卒業式で大事な役目が与えられている。
「そろそろ、教室に行っていいかな」
もちろん、とリキエルと名乗る少女が言った。
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