第5話 天使がいた1日 7

「ほら、願いが叶ったでしょ」

 そう言うと同時に、天使の彼女が姿を現した。

「わかった。あなたが、その、特別な存在だってこと、信じることにする」

「わかってくれたなら何より。ところで、次のお願い、考えてくれたかな」

「かなえてくれるのは、ささやかな願いだけなんだっけ」

「そうだね、私から見て、ささやかな願いであること、かな。だから、世界を征服したいとか、世界を滅ぼしたいとか、そういうのはちょっと厳しい」

 彼女は世界に恨みでもあるんだろうか。いや、きっとあったのかもしれない。私のような人が天使な役目を背負える、というのなら、きっと彼女も自分のような薄命な道をたどったのだろうから。

「じゃあ、今日中に太一に会いたい。会って話をしておきたい。そういうのは、ささやかな願いに含まれるのかな」

「含まれるわ。こういうのも余計なお世話かもしれないけど、太一君とやらは、六花がそう願わなくても来るんじゃないかな」

「それでも、そういうのに頼りたいほど、会って話をしておきたいの。だって、あなたの言い分が本当なら、私はもう、本当に長くはないんでしょ」

「そうね。分かったわ。手配してくるわ」

 また、彼女は姿を消した。私は、彼に伝えるべき言葉を考える。


「また明日」

 別れ際に私はそう言った。彼はその言葉を重荷に、ここに来るのだろう。そしておそらく、それは、私には来ないとわかってそれを言ってしまった。

「せっかく呼んだのに、それでよかったの? 言いたいことを言いきれてないんじゃないの?」

「いいの。私が言わなくていいと思ったから」

「でも、勇気があれば言えたのなら、私に勇気が出るようお願いしてもよかったんだよ」

「勇気とやぶれかぶれなのは、違うから。私は、言える気にならないことは、伝えなくていいと思った。それだけ」

 そっか、と彼女は言った。

「ところで、あと一つお願いが残ってるけど」

「私の寿命を延ばして」

「それは難しいわ」

「そうだろうと思った。じゃあ、また人を呼んでもらおうかな」

 と言って、友達の名前を告げた。


「最近どう、六花」

「ぼちぼちかな」

「わたしは待ってるからね。元気になってよ」

「ん。頑張る」

 お見舞いに来たのは、そよぎだった。本当にあるかどうかわからない、お願いの力か、本当にそうなることになっていたのかは分からないが、本当に指定した人物がここに来た。離しておきたいことがある、でも私から呼んだら不自然だから。願いをかなえてくれる彼女に助けられたのかもしれない。

「さっき、太一がお見舞いに来てたね」

「そうかもしれないと思って少し遅れてきたの。邪魔かなと思って」

「そんなことは、ないよ」

 実際のところは、彼女が一人で来てほしかったから、そういう意味では、今の言葉には嘘があった。ただ、来てもらったところで、話しておきたいことはあるのに、言葉が見つからない。適当な話題を探そうとしてみる。指がつい、前髪をいじっていた。太一に指摘されたことのあるその癖を思わず止めて、とりあえず部活の話でも聞いておくことにした。

「野球部はどう?」

「太一から聞かなかったの?」

「一応は聞いてるけど。甲子園を目指しているって」

「行けるわけないと思っているでしょ」

「客観的に見ればそうじゃないかな」

 実際、選手をたくさん集めている学校に勝てる見込みは薄いだろう。野球のために越境で来た人というのは、そのモチベーションは圧倒的なものがある。負けられないのだから。

「わたしは、そういう可能性はなくはない、と思っているよ」

 そよぎがそのように自信ありげにいうものだから、私は少し臆してしまう。

「まあ、そよぎはマネージャーだから、選手のことを信じないでどうするの、という話だけど」

「いや、実際のところも大穴馬券くらいには、あるんじゃないかなって、ね。そこそこのピッチャーが二人、一発がある才能のあるバッターが一人。相手が打ちあぐねることがあれば強豪校にだって勝てる、かもしれない」

「そうね、勝つところ見てみたいわ」

「見てみたいわ、なんてすかしてないで、ちゃんと元気になってみるぞ、くらいの気概を持ってほしいよ」

 少し呆れ気味にそよぎは言った。

「そういう気概、みたいな精神性の話をするならさ、それならそよぎだって太一に付き合ってくれって告白すればいいじゃない」

 これが、私が今日、彼女に伝えたいことだった、無理に話題を捻じ曲げてまで、言ってしまいたかった。

「そうしたいのはやまやまだけど、さ。六花も、分かるでしょ。今はそれを言っても脈がないの」

「じゃあ、私が太一を振れば、いいってことを言いたいの? 付き合っても、告白されてもいないのに?」

「だから、六花たちはわたしのことを傷つけるの。六花も分かっているでしょう」

「じゃあさ、もしも、だよ。怒らないで聞いて。もしもの話だから。

 もしも、私がいなくなっちゃったら、そよぎは太一に振り向いてもらえるように努力をしたりするのかな」

 そよぎは最初に怒ったような表情を見せた。ただ、私が真剣に聞いていると見えたのか、何度も『もしも』の話だと念押しをしたからか。まじめに思案する顔になってから、答えた。

「努力する。そして、ここだと思ったときに告白する。わたしは、そういうことができる人だから。わたしは、六花とは違う」

「なら、よかった」

「よかったって、それは、ないよ六花。わたしは、あなたに、意気地がないと言ったんだよ。重い病気にかかってるってわかってるのに。時間がないのに。好きなことをできる時間が、伝える時間が」

「だから、私は、そよぎや太一に、私のそのささやかな時間に伝えられた言葉のせいで足を引っ張られてほしくないの。そんなつもりじゃないのも分かるし、本気で心配してくれているのも分かる、心配してくれて嬉しいのも本当の気持ち。だからこそ、私は……。

 私は、ちょっと疲れたなって、思わなくもないの」

 最後に言った言葉は、ただの誤魔化して、それまでに言ったことがすべてだ。私は、たぶん、この言葉でそよぎに呪いをかけてしまったのかもしれない。

「でも、私は、ちゃんと元気になろうとしてる。だから、待ってて」

「本当にそう思ってるの」

「思ってるよ。じゃあさ、期限を切りましょう。卒業の日までにどっちかが太一に告白しよう。そういうことにすればいい。私は元気になったら告白するけどさ、それまで元気になれないくらい、ぐずぐずしているようだったら、そよぎがしなさい。約束して。してくれたら、私、元気になるように頑張るからさ」

「何その、よくわからない約束。まあ、いいよ。その約束をすることで、六花が頑張ろうとしてくれるなら」

 そう言って、約束をした。これは、彼女に対しての枷だ。私がいなくなっても、彼女が時を進めるための補助輪で、枷なのだ。

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