第5話 天使がいた1日 6

「じゃあ、前食べておいしかったから、しろくまパフェを、おいしく食べたい。おいしく、ってところが重要だよ」

「食欲、あるのかい?」

「ないに決まってるでしょ。何食べても戻しそうな気がする。でも、叶えてくれるんでしょ」

「ささやかだと認められれば」

「誰に?」

「私に」

「あなた……えっと、名前とかあるの?」

「それはささやかなお願い?」

「違う」

「なら、名前なんていいじゃない」

「あった方がいいと思うけど」

「今の私には必要ないよ」

「じゃあ、パフェ、おいしく食べたい。お願い」

「まあ、いいよ。そのお願いなら、叶えてあげられそうだし。

 ほかに、あと二つあれば、先に聞いといてあげる。その方が効率的だし」

「天使が効率を気にするの」

「『天使』でもないんだけどね。少なくとも、私は効率的に動きたいかな」

「じゃあ、パフェが食べられるようになるまでに考えておくから」

「む、六花は悪知恵が働く人なんだね。分かった。手配する」

 と言って、彼女は壁をすり抜けて消えた。彼女が消えると、まるで今までのことが夢のようにも感じた。ただ、十分くらいは待ってみよう、そう思って、目をつむった。


「あ、六花さん、起きた?」

 私が眠りから覚めた様子に気づいた誰かがそう言った。目を開けて様子をうかがうと、近くに太一の妹、二奈がいた。

「二奈ちゃん。どうしたの?」

「六花さんのお見舞い。あ、これ、食べます?」

 と言って、冷蔵庫からパフェが出てきた。

「食べきれなかったら、その分は私がいただきますので。どうぞ」

 本当にお願いが叶ってしまったことに、私は驚いていた。いや、この時点ではまだ食べていないので叶ってはいないのだけれども。

「どうしたんですか」

「なんでこれ、買ってきてくれたの?」

「兄が、六花はこれが好きそうだから、お見舞い行くなら買っていってやれ、って言ってたから」

「そっか」

 その理由は、本当にそうなるべくしてそうなったのか。偶然なのか必然か。あるいは運命か。天使の存在を否定するのは諦めることにした。

「いや、ありがとうね、二奈ちゃん」

「兄は来てますか?」

「最近は一昨日に来たかな」

「兄はもっとここに来た方がいいと思う」

「いや、そんなに来られても」

「でも、六花さんは来てくれた方が嬉しいでしょ」

「太一も練習忙しいし、そんなに来るくらいならもっと練習しろってことよ」

「あまのじゃくですよね、六花さん」

 聞かなかったことにした。小学生の割にはすれた彼女は、少し独特のテンポで会話をする。彼女に友達がいるのかどうか、少し不安を覚えることもある。

「食べないんですか」

「いや、食べるよ。いただきます」

 パフェを口に含む。妙にそれがおいしく感じられた。その味は、この入院の前に太一と食べたパフェの味を思い出させた。

「おいしい」

「本当に六花さん、それ好きなんですね。兄も鈍いってわけじゃないんですね」

「買ってきてくれてありがとうね、二奈ちゃん」

 もう少し食べたところで、少し喉元に気持ち悪さを覚えて、やめることにした。

「二奈ちゃん、最近どうなの」

「明日から学校です。宿題は終わらせました」

「そっか。偉いんだね」

「偉くはないです。普通です」

「二奈ちゃんはスポーツとかしないの」

「しないですね」

「太一はあんなに野球上手いんだし、二奈ちゃんも何かやればいい成績とれると思うんだけど」

「成績のためにスポーツやるわけじゃないですし」

「それもそうだね」

 彼女に、本当に太一と同じ血が流れているのだろうか、と気になるほどに、小学生にしては大人びた回答をされた。いや、案外、この頑固さは太一に似ているかもしれない。

「私、そろそろおいとましますね。ずっといても、六花さん休まらないでしょうし」

「別に、いたかったらいてもいいんだよ」

「いえ、まあ、あれですよ。夏休み最後の日を、思いっきり楽しんできますので。はい」

「なら、こんなとこにいてもしょうがないよね。元気で楽しんどいで、二奈ちゃん」

「六花さんこそ、元気になってくださいね。じゃないと、私も悲しいですし、兄も泣いてしまいますから」

 そう言って、二奈は頭を下げた。その願いが、本気であることを証明するように。それはささやかな願いにならないのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る