第5話 天使がいた1日 5
夏の甲子園の日程も消化していって、あとは決勝のみになった日だった。
そろそろだろう、と思ったからそうなるのか、そうなるからそろそろだろうと思ったのか。ただ、私が自分の終わりを悟った日、目の前に不思議な存在が現れた。
「ねえ、あなた、私の代わりに役割を引き継いでくれないかな」
と声がした。振り向くと、そこは白のワンピースを纏った見慣れない女性がいた。
「なんですか」
「冷静ね」
「驚く気力も、正直ないんですよ」
「それは、お辛そう」
「実際、厳しいかな」
「で、あなた、私の代わりに、役割を引き継いでもらえないかな」
大学生くらいに見える女性は、同じことをまた言った。
「役割って、何ですか」
「人としての意識を持ったまま、人でない身になって、世界を観測するの」
「面白そうですね」
「面白そうでしょ。でも、私、飽きたの」
「そうですか」
胡散臭そうだと思って私はなあなあな返事をしていた。もしかしたら幻覚でも見えているんだろうと思っていた。
「ついに幻覚に幻聴か、とでも思ってるんでしょ」
「そうですね」
「まあ、幻聴だとしても、話は聞いてもらうし、むしろ夢だと思ってノリで引き受けてもらえるなら私的には助かるんだけどね」
「いいですよ、条件にもよりますけど」
「じゃあ、詳細を話すよ。
あなたにやってもらいたい私に代わる役割というのは、さっきも言ったけど、人間の意志や意識を持ったものとして、世界を観測することなの。ただし、あまり多くの人にかかわってはいけない。だから、人でない存在とならないといけないの」
彼女の話に矛盾を感じたので、とりあえず話は聞き流しているわけじゃないぞという意思表示を見せるために、私は質問をすることにした。
「でも、私、たぶんまだ人間ですけど、あなたが見えてますよ」
「そう、そこがポイントなんだけど、多くの人にはかかわってはいけない、でも、私自身が誰かに観測されないといけないから、誰かには見えてないといけない存在になるの」
「というと?」
「あんまりこういう表現を私もしたくないんだけど、天使、みたいな存在になると思ってもらって差し支えない、かな」
「天使ですか」
「そう、あなたに天使の役割を変わってほしいの」
そうか、と私は思った。それ以上でもそれ以下でもなく、私が天使の役割を果たすにふさわしい存在なのか。それはきっと、私のこの身体が原因なんだろう。
「なんで私なのか、とか聞いてもいいんですか」
「もちろん」
天使のような存在の女性は肯定した。ただ、なぜか肯定しただけで理由を答えてはくれなかった。
「あれ、なんで私なんですか」
もう一度、問い直す。
「ああ、そうだね、ちょっといたずら癖がでちゃった、ごめんね」
それは、天使をやってきた彼女なりの対話法なのかもしれないな、と私は思う。
「で、あなたである理由なのだけど、それは、あなたが若くして亡くなるから、かな」
ああ、やっぱりだ、そう思った。
「なんで若いといいんでしょう」
「ええと、もう面倒だから私みたいな存在を天使、と呼ぶことにしましょう。本当はそういう名前に定義された存在じゃないんだけど。
でね、天使も年を取るの。身体、ではなく心がね」
「じゃあ、あなたは心がおばあさん、ということに?」
「失礼ね」
「すみません」
「冗談よ。まあ、そんなもんかな。ちょっともう疲れちゃったかな、と思ったの。
……いえ、ちょっと嘘をついたわ。この天使の役割には特典があるの」
「得点? スコアが出るんですか?」
「違うわ。特典、追加サービスみたいな意味の方。
その特典っていうのの一つにね、自分を知ってる人がいなくなったら、やめて生まれ変われる、というのがあるの。私はそれを使うのね。そのときに誰かを指名することになってるの」
「そうなんですか」
「ただ、この契約はそういうこともあって若い人が選ばれることになっているのね。だから、あなた、橘六花が選ばれたの」
と言って彼女は私に手のひらを向けた。
「それは、私の命はもう短い、ということなんでしょうね」
「私は未来が見えるわけじゃないからそれは分からないけど……あなたはそれを何となくわかっているんじゃないかな」
覚悟をする程度には、分かっていた。
「ただ、そういう意味では、あなたがこのままあなたであるという意識を手放してしまう前に、自分がいなくなった後の世界を観測できる、というメリットがあるわ。そしてもう一つ。天使の役割、というだけあって、不思議な力を自身の観測者に与えることができる。そういう意味で天使と言えるわ」
「じゃあ、私もあなたの力を借りて何かできるの?」
「できるわ。ただ、何ができるかは、私が決めたルールに則って行使されるわ。私があなたに与えられる力は、『この一日において、ささやかな願いを3つかなえてあげる』というもの。
あなたもそれを体験して、どう思ったかで、天使の役割を引き継いでくれるか考えてくれると、いいわ」
と言って、私に与えられた特別な日が始まった。
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