第5話 天使がいた1日 4
入院して1週間すると、そよぎがお見舞いに来た。
「六花、元気?」
「元気だったらこんなところにはいないよ」
「元気そうでなにより。リンゴ持ってきたけど、食べられる?」
「食べる。あと、元気じゃないから入院している」
「ナイフとかあるかな」
「そこの引き出しの中に」
そよぎはなぜかナイフでリンゴをウサギの形に切った。
「あんまり皮好きじゃないから、ウサギリンゴはちょっとな」
「ちょっとな、とかいうくらいなら食べなきゃいいのに」
「今日は部活のマネージャーは大丈夫なの?」
「今日は休み」
「あれ、じゃあ太一は?」
「ちょっと自主練習するって言ってた」
それは無理しすぎじゃないのか、と思う。
「マネージャー、そういうオーバーワークの原因になりそうなことは止めた方がいいんじゃないのかな」
「ちゃんと、30分で切り上げて、六花のお見舞いに来いって言っておいたから大丈夫だよ。そういう約束を破るようなことをする人じゃないからね」
そうかな、と私は思った。
「嘘だと思ってるでしょ、顔に出てるよ」
そんなはずはない。
「まあ、わたし、邪魔になりそうだし帰ることにするよ。宮本君によろしく言っといて」
「いつも部活で会ってるくせに」
「まあね。じゃね」
そう言ってそよぎが去ったあとで、しばらくすると太一がやってきた。
「あれ、来たの?」
「行くって五十嵐にも伝えてたし、な」
「私のためじゃなくてそよぎのために来たの?」
「そんなわけないだろ」
「練習は?」
「六花も言ってただろう、休むのも練習だって」
「やっとわかってくれたのか」
「無理してて入院してるやつが目の前にいるからな」
「そっか」
「お見舞いの品とかはないの」
「あ、忘れてた」
「別に欲しいわけじゃないし、構わないよ」
「気にしてるからそういうことを言ったんだろう、いいよ、次は何か持ってくる」
「じゃあ、そのうちでいいから、サイドスローのウイニングボールでも持ってきてよ」
「わかったよ」
私が欲しかったものは、なんだろうとそれからよく思うことが増えた。
そのまま私は学校に通えるほどに回復することはなく、留年した。
この頃になると、太一のサイドスローはほぼ完成されたものになり、私が言えることはもうなかった。だから、私と太一があったとしても、話すことが少なくなっていった。
この北の地でも桜が散り、夏が近づいてきた。
「甲子園に行ったら、六花の病気、治ったりするかな」
そんなある日、太一はそんなことを言った。そんなことは独立の事象だからあり得ない、と当たり前な事実を言ってほしいわけではないだろうから、
「そうかもね」
と言った。それはもしかしたらある種の呪いみたいになったかもしれない。
そして、その年の夏の予選は、例年の母校の戦績に比べれば躍進を果たしたが、甲子園にたどり着くことはなかった。
その日の太一は、泣いていた。
その敗戦から少し経って、私の体調が良い日に、彼は私を誘ってどこかへ行かないか、と誘ってくれたので、
「パフェが食べたい。このしろくまパフェっていうの。たぶん、全部食べられないからさ、太一も食べてくれない」
と言うことでそこに連れて行ってくれた。
「元気なら、これも一人で食べれたんだろうけどな」
「いや、六花が体調万全でそれ全部食べれたとしても、おなかを壊すんじゃないか」
「いやいや、女子の別腹はそういう風にはできてないから
でも、今日は一人じゃ食べきれそうにないから、手伝って」
かつての自分ならこれくらいペロッと平らげていたのに、と、目の前の器に盛られた甘味を見ていた。
「また入院することになったんだ」
それを伝えたくて太一には今日、この店についてきてもらった。そして、もう一つ。
「ねえ、またホームラン、打って見せてよ。私、しばらく太一のホームラン見てない」
「わかった。ホームラン、また見せてやるから。誕生日にはそのボールを贈ってやるから」
「約束よ」
そんな約束をしたのも、もう時間がないことを自分で予期していたからだったと思う。
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