第5話 天使がいた1日 2
それから五十嵐そよぎは私に話しかけてくれるようになった。おかげでクラスですごく浮いている、みたいなことにはならなくてすんでいるが、やはり身体が弱っていることが周りの同情を買ってしまっているような気がして、それがつらかった。
ただ、この春はかなり持ち直していて、体育の授業に参加できる程度にはよくなっていた。もちろん、、運動は好きだったから、周りが止めてくれなければ、倒れそうになっていた場面が何度もあった。
「六花、もう少し抑えないと。また倒れちゃうよ」
「大丈夫、私、運動神経には自信があるからさ。そよぎにも負けない」
「それは認めるけどさ、体力が人並以下なんだからね」
「わかってるよ」
と言ったのに、私はこの日のバスケの授業では、11得点とって、動けなくなり交代した。
「上手に動くコツは、考えて、身に付ける、それだよね。だから勝負事のある競技なんかは、あらかじめ立てておいた作戦量が物を言うわけ。意外とこれを忠実に行えていない人が多いから、私は勝てるの」
その次の日、やっぱり六花にはスポーツの才能があるよね、とそよぎに言われたからそう答えてみた。
「なるほどね、六花、野球よりサッカーの方が向いてるよ、それ」
「でも、私は遠くにボールが飛んでいくのが好きだったから。確かに、サッカーに先に出会ってたらサッカーをやってたかもしれない」
「じゃあ、その時は宮本君もサッカーやってたのかな」
「そうかもね。でも私、体力はなかった方だし、まあ、今となっては本当に体を動かし続ける力もないし、ね」
「それはしょうがないよ。
それより、最近は調子がいいよね。今日は部活がオフの日なんだけど、よかったらわたしとキャッチボールでもしない?」
「何、いつも無理するな、って私に言ってくれるのに。今日は無理しろと」
「と言いながら、ニヤニヤしないの。グローブ持ってる?」
「持ってる」
私は教室後ろのロッカーからグローブを取り出した。
「じゃあ、約束。これ以上やったら家に帰れなくなるな、と思ったらちゃんと言うこと」
「わかった」
「2回暴投したら疲れたとみなして強制終了」
「それは横暴だあ」
私は抵抗してみた。
「なに、六花は疲れてなくてもそんなにコントロールが悪いのかな」
「そんなことはないよ」
「じゃあ、いいでしょ」
してやった、という顔をそよぎはしていた。
そよぎが更衣室で体操着に着替えるのを待ってから、グラウンドに集まった。
「最初はウォーミングアップからだよ」
と私にそよぎが言う。
「当たり前でしょ」
そういえばだれかとキャッチボールをするのはいつぶりだろうかと思った。
「ホントは宮本君とキャッチボールしたかったでしょう」
「当たり前でしょ」
そうだ、最後にボールを投げたのは、太一と一打席勝負をした、私の誕生日だ。
「じゃあ、そろそろ全力で投げてみようか」
「オッケー」
全力でと言われたのだ、全力で投げることにする。振りかぶってみる。
「あ、そこまで本気で投げるの? 六花、着替えてないからてっきり。スカートの中とか見えちゃうんじゃない?」
「下はスパッツ履いてる。あ、だからって平気ってわけじゃないけど」
「……まあいいや。構えてあげる。投げてみてよ」
そう言われたので、もう一回振りかぶる。ミットめがけて、肩、腕、手首、指先の動きをすべてボールに伝わるように、横から投げた。久しぶりだったこともあり上手く伝わった気がしない。ボールは狙ったところから大きく逸れた。
「おっと」
そよぎは白球をキャッチした。
「今のは捕れたから暴投じゃない」
「食い気味に言い訳しないで。捕れたからまあ、いいけどね。久しぶりだから緊張したかな」
「そんなとこかも」
ボールを受け取り、もう一度構える。可動域の駆使し、ボールに力を加える。指先から話す。ボールは糸を引くように狙ったところにあるグローブに収まった。
「おお、すごい」
「でしょ」
「さすが、リアルみづき、と巷で噂になっただけある。110キロくらい出てたかな」
みづき、は野球ゲームに出てくる、女の子のサイドスローのピッチャーである。私は彼女の真似をしたくて、サイドスローのピッチングの練習をし、中学生の頃には試合で登板をすることもあった。
「さすがにそこまでじゃないでしょ」
「スピードはそりゃ男子には劣るだろうけどさ、ボールの出所が分かりにくくて、それでコントロールがいいとバッターは打ちにくいでしょ。わたしの知ってる男子も、三振取られたの見たことあるし」
そよぎがそう言って返球した。
「じゃあ、次は変化球が見たい。シンカーだよね」
「そう。じゃあ、いくよ」
握りを変えて、さっきの振りと同じように、振る。指先はボールの側部が最後に離れるように放つ。ボールは先ほどより遅く、しかし、ボールの回転と空気抵抗で曲げられていった。
「おっと、危ない」
「ちゃんと捕ってよ」
「いや、初めて見てボールの補給ができたんだから褒めてほしいよ」
「すごいすごーい」
「いい加減な褒め方。
六花さんの方が野球上手いから、そう見えるんでしょうけど」
次の返球は速かった、そして力んだのかコントロールが悪く、右上に逸れていた。私は飛んで、左腕を伸ばした。ボールを捕まえる。
「うわっ、ごめん。大丈夫?」
「平気へいき、全然何ともない。次いくよ。私より先に2回暴投しないでよ」
「今のは捕れたから暴投じゃないでしょう」
私はそうやってそよぎと仲良くなった。ただ、それは太一から離れていくことでもあったし、その事実はもう長くはないかもしれないと自覚できるほどに弱っていく自分にとって、むしろ太一のそばにいるべきではないのではという考えに引きこんでいった。
「そよぎは太一のこと、好きなの?」
と思わず聞いたのは、夏の大会の予選で太一がホームランを打った次の日の昼休みだ。あの日、マネージャーとしてベンチにいたそよぎが彼とハイタッチをしたのを見て心が揺れた。本当にうれしそうに見えて、私が彼らを特別に見ているから、彼らの関係すら特別に見えたからかもしれない。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「何それ」
「わたしが六花に同じようなことを聞いたとき、六花がそう言ったから、わたしも言ってみた」
いつそんなことを私が言っただろうか。記憶にない。誤魔化したのは事実だったが。
「でも、宮本君はわたしより六花のことをよく見てると思うけどね。だからさ、無理に宮本君から離れていこうとすることないと思うけどな」
「そんなこと言われても、別に私は離れていこうとなんか」
「してるよ。昨日、宮本君がホームランを打った試合の後、見てたなら連絡くらいしてあげればよかったんだよ。今までの六花なら彼がホームランを打ったなら声をかけて一緒に喜んでたんでしょ。宮本君言ってたもん。わたしはさ、それを聞いてさ……。
だから、今からでも言いに行こう」
と言って私の手をそよぎが引っ張った。
でも、彼の教室に目的の人はいなく、そよぎは待てばいいと言ったが、待つこともせず、
「また次も頑張ってと伝えておいて」
とそよぎに言った。私は彼に会うことなくその日は帰宅した。
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