第4話 だだ甘コーヒーと天使 4
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「あ、おかわりはいる? 甘党だと無限に飲めちゃうからやめておいた方がいいかもだけど。
「そうだね、話を戻そうか。
さっきも言ったけど、理屈を通すというなら、やっぱりすべてその人の頭の中で起きたことだった、という風にすると割と都合がいいような気がする。
「リキエルさんは、不思議な力を与える立場なわけだ。だから、不思議な力を他者にすべて公開する必要はないわけ。
「で、力の対象者になるその人が知覚したことが、その人には事実になるわけだから、不思議な出来事にかかわる部分においてはすべて対象者の頭の中で起きていた、なら、矛盾なく起こるじゃない。
「そういった条件の下なら、例えば、普通はできない計算をする、ということがあげられるわね。巡回セールスマン問題っていうの、知っている?
「セールスマンはお仕事でいろいろなところを回らなきゃいけないんだけど、設定された複数の目的地をどのような経路で通るのが最短か知りたい、っていうもの。それを求めるには、目的地が多くなればすぐに答えが出せなくなることは、何となくわかるよね。
「本当はこれ、数学の問題の種類の話なのだけど、まあ、ここで厳密な話をしてもそれていくだけね。要するに、とれる選択肢が多すぎて、計算量が膨大になって、普通の総当たり的な方法ではすぐに解くことができなくなってしまうの。
「そういう問題を、リキエルさんの力で解いてあげる。で答えだけ対象者の脳に、記憶に移す。そういうことが可能なら、それはリキエルさんの力が単純に計算機ということになるよね。
「そういった計算って、シミュレーションとかでもよく行われていて、現実に即した正しいパラメータさえ把握していれば、世界の未来を頭の中で予知することができるわけね。これは、机上では不可能なことではないわ。
「だから、未来を予測する、という行為を達成できるってことだね。それを『理屈が通る』不思議な力、にすることはできるんじゃないかな。
「じゃあ、その線で行きましょう。で、それなら制限時間を決めた方がいいと思うわ。どれくらいの時間をシミュレートすることができるのか。シミュレートしてリカバリするなら、どれくらいの時間なら可能なのか、そういう点から決めるべきかな。
「そうだね、一日、というのはちょうどいい時間かもしれないね。一日のシミュレーションを繰り返し、最終的に決めた一日をその通りに行動し、繰り返した記憶をなくす。それならば、きっとおかしな点もないし、ルールに則っているものだと思うわ。繰り返したら、その分の記憶を消しておく。これでいいと思うわ。
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「これで相談事の問題は終わり、かな。
「よかった。リキエルさんの期待に応えられて。期待されるとドキドキするから。だからあまり期待なんてされるものではないわね。
「とりあえずルールをノートに記しておいた方がいいと思うわ。自分用と相手に見せる用の二つ。きっとあった方が便利だわ。用意するのは面倒だろうけどさ。
「いや、私が決めちゃったルールに近いからさ。リキエルさんはこれからこの力を使って、人が不思議な力を持った時にどういうことをするか観察するんでしょ。
「あら、そう。そういうわけどもないの。ふうん。でも、きっと思うことはいくらでもあるだろうから、感想を記しておくのもいいと思うわ。きっとみんな違うことをする。その違いが彼ら彼女らなりの個性であったり、そのとき困っていたことだったりするんだろうと思う。その違いは、ヒトという同じ種であるにも関わらず、持っている遺伝子とか、その時間経過とか、得てきた情報によるものでしょう。
それらを集めても、もしかしたらできるものはただのガラクタかもしれないけれど。けれど、リキエルさんがこれを長い間続けていくのだとしたら、きっと良い暇つぶしになると思うし、不機嫌にさせるような人だったとしても、『ああ、この人はこういう人なんだ』という感情で流せる、そう思うわ。
「いいよ、最初のノートを作るのは手伝ってあげる。だって、こんな経験、できないもの。これが、私にとって、とても興味深い一日になるわ。
「よかったらまた遊びに来てよ。私の記憶がどうなっているかはわからないけど。メモは残しておくわ。『リキエルを名乗る少女が来たら、コーヒーをご馳走してあげて、雑談でもしてあげなさい、って。
これが、私がこの繰り返す一日をもたらすきっかけとなった日だ。
二宮四葉は、このとき、繰り返すことはなく、リキエルと名付けられた不思議なことを言う少女と会話をし、不思議な設定を話を作り上げただけなので、彼女にはおそらくこのときの記憶が残っている。
ただ、こんな荒唐無稽なことを言っても仕方ないからか、彼女はその日の出来事を他人に話すことはなかったように思える。
しかし、いつの頃からだったろうか、天使がいるという話がこの学校で広まるようになった。
その話を二宮さんが聞いたとき、彼女は少し笑って、
「リキエルさん、元気にしてるかな」
と独り言を言った。
私は、それが少し嬉しかった。
リキエルとなった私を覚えているものは彼女以外いないから。
だから、今日はコーヒーを分けてもらおう。そう思って、理科準備室へ向かう。
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