第4話 だだ甘コーヒーと天使 3
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「待たせたね。じゃあ、本題に戻りましょうか。
「『理屈が通るなら』どのような力でも可能、というの、面白いわね。私も、妄想だけどよくそういうことを考えたことがあるわ。
「自然現象を数式に表す、という行為そのものはある意味で、『りんご』というものに『りんご』という名前を与えることに近いでしょ。要するに、こちら側が勝手に理由付けしているだけなの。
「まあ、本格的な物理学では、現実に即していなかったものはどんな理屈でも否定されていき、残った理屈が数式として適応されている、ということになっているわね。身近なところなら、運動方程式。
「加速度、なんて表現を最初に持ち出した人なんかは、屁理屈とかもうまそうだなって、私は思うわ。だって、そうでしょ。何よ『加速度』って、かなり反直感的じゃないものじゃないかな。初めてその言葉を聞いたときは、その意味がすぐにすっと入ってくることがなくて、苦労した覚えがあるわ。
「確かに、加速度に付けられた意味は今ではちゃんと理解はしているけれど、ね。
「だから、人類がいまだに理解できていない領域に『理屈を通す』のは人間の役割なのだから、そういう面から考えていけば、こっちが無理やり、理屈を軟膏のようにくっつけた現象を用意できればいいのよね
「物理学を話す物語なんかは、例えば量子力学の話なんかを通して、それを解説するけど、結局、量子とは何か、を完全に理解することは、人間にできることではないの。波であり、粒子であるものを解することができない。
「例えば、みんなが見えている『光』をとっても、それは面白い現象が多いのよ。光子はさっき言った量子の中まで、やっぱり波であり、粒子でもあるの。光子を一つずつ観測することは可能なのに、2つのスリットを通すと縞模様が出来上がるという波の性質も持つの。
「そんな光の性質を利用して、いろんな便利なものが生まれているよね。それは好奇心からかもしれない、生きるためだったかもしれない。でも、確かに言えることは、すべての出来事は、起きているから、そうなっている、ということね。
「確かに、ちょっと話がそれてきているかもね。でも、もう少し続けさせて。ごめんね。構わない?
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「で、その中でもわからないもの、というのは、少し哲学的なことではあるけど、人に意識があること、かもしれない。
「特に、人格というところは、その人が持つ記憶を参照していると考えられている。けど、これもいまいちよくわかっていない。まあ、よくわかっていたら、おそらく自由に記憶を書き換え消去、改ざんとすさまじいことになっているような気もするけどね。
「だから、この不思議な力、という面においては、火とか水とか土とかを操る、のではなく、もう少しその人のみに影響を与えそうなものにする、というのは意外とごまかしがきき、辻褄が合うかもしれないよ。
「その方向から一度考えてみるのもいいかもしれないね。その人の頭の中で起こったこと、で済ませられる領域なら、それは『つじつまの合う現象』たりえる、と私は思う。
「ところで、また少し休憩しない? 考えると脳は甘いものを欲するからね。あなたは好きな甘いものとかあるの。
「さすがにかき氷はないけど。そうだ。コーヒーに練乳を混ぜてみましょう。
「いや、そういう飲み物だって売っているんだよ。練乳入りのコーヒー飲料。人によっては甘すぎるらしいんだけど。私は嫌いじゃないよ。カフェインと同時に多めの糖分を摂取するわけだし、なにか考え事をしているときに向いてる飲み物だと思うわ。
「気に入ってくれて嬉しいけど、これがおいしいだなんて、よほどの甘党だね、あなた。
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「よく考えてみたら、あなたのことよく知らないわけだし、ちょっとそういうパーソナルな話を聞いてもいいかもしれない。いいかな?
「確かに、今のあなたはもうその名前でここにいてはいけないのだから、確かに新しくニックネームのようなものが必要かもね。
「私も考えてあげるわ。
そうね、天使になったのよね。
「まあ、それって天使みたいなものじゃない。だからさ、あなたの名前に、天使である証拠に神の使いということで『el』をつけて、「リキエル」なんてどう。いいんじゃないかな。
「悪くないと思っているならそうしましょう。私、気を使ってずっとリキエルさんのことを『あなた』って呼んでいて、そろそろまどろっこしくなってきたところだしさ。
「じゃあ、リキエルは、天使になる前の記憶を持ちながら、今は天使をしている、ということになるのね。でも、私に言えるような目標や目的はないと。
「まあ、私的には何となく察しが付くけどね。一般論的にも、私個人の思いとしても、あなたにはまだまだ人間として生きていてほしかったけどね。
「なんでって、そりゃ、ね。人は生きているのが素晴らしいことだから、ね。
「まあ、確かに白々しいね。もっと面白いジョークでも言って話題をそらそうと思ったのだけれど。
「そうだね。は中学の頃に一度同じクラスになったことがあるね。それで私のことを信頼してくれるって言うんだから、嬉しい限り。縁のあった人がいなくなるっていうのは、やっぱり少し感傷的な気分になるわ。
「ま、正直に言ってしまえば、私が仲良くしていた五十嵐そよぎさんが、彼をあきらめる理由をなくしてしまって、私のそばから少し離れて、少し遠くに行ってしまった、ってところかな。
「そうそう。他人の話なんて、深く聞くものじゃないわね。思わぬところに地雷がいっぱい。でも、それは地雷でもなんでもなくて、もしかしたら、その痛みがあってこそ、人は他人とより心を共有することができるようになるのかもしれないと思っているわ。だからこそ、私はそよぎが好きな人が誰だかを知っている、そういうことかもね。そして、そういうことを考えている人だから、私は傷つくことが怖くて、この部屋に一人でいるのかもしれない。今はリキエルが一緒にいてくれているけど。
「おもしろいのはさ。もうリキエルさんも知っていることだから言ってしまうけど。私がそよぎから相談されたときに提案したことがあるの。
それはね、『彼と一番仲のいい女の子と仲良くなれるようにしてみたらいいんじゃないか』って。だから、五十嵐そよぎは、橘六花に近づいて、仲良くなろうとした。
「彼女は好きなように動いているふりをしている割に、近くにいる人の幸せを喜んで一緒に笑い、不幸を共に悲しみ手を差し伸べる人だから。だから、不純な理由で橘さんに近づいたのに、彼女と仲良くなれた。と私は思っているんだけど、実際はどうだったんだろう。リキエルさんは分かる?
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