第4話 だだ甘コーヒーと天使 1

 それは、私の通夜が行われた、次の日のことだった。

 あの日、顔を見せた天使を名乗る不思議な者が、私に言った。

「君ももう少し、この世界を見たくないかい」

 私はそれに頷いた。まだ見ておきたいことがあったから。


*****


「私に相談してみようと思ったから、ここにいるってことでいいんだっけ。随分とこの二宮四葉のこと買ってくれてるんだ。それはありがたいことだけど、さ。


「まあ、不思議で変な話もあるもんだよね。私にしかあなたが見えないなんて。でも確かにさっき一緒に外を歩いたときは、だれもあなたの方に目を向けてなかったよね。金髪で白いワンピースなんて着てたら、すごく目立って、つい目が行ってしまうものだと思うのだけれど、だれも気にしてなかった。


「相談があるんだったっけ。いいよ、まあ、よしみってやつで聞いてあげるよ。そうだ、コーヒー飲む? いらない? いやいや、おすすめだから飲んでってよ。苦いの苦手ならカフェオレにするからさ。コーヒーでいい? そう。


「え、バカじゃないの、コーヒーをフラスコで入れる奴なんているわけないじゃない。せっかくの香りが、味が、落ちてしまうわ。コーヒーを入れる道具には、その形の意味があるの。わざわざ実験器具を使ってコーヒーを入れるだなんて、冒とくよ、科学にも、コーヒーにも。何よりコーヒーを飲むという雰囲気にそぐわないよ、そんなの。あんなのは科学好きを勘違いしたフィクションの産物よ。


「確かに、理科室を独り占めしてるこの環境は、フィクションのそれかもしれないけどさ。でも借りれると便利なんだよ。何より冷蔵庫が使える。ミルクとかをね、冷やしておいておけるんだ。


「砂糖は何個欲しい? ミルクは?


「別にコーヒーに砂糖を入れるのは悪いことじゃない。ブラックで飲むのもありだけれど、このブレンドに私はミルクを5ccほどと角砂糖を一つ溶かすのが気に入ってるの。ただ、このブレンドにするのは週に3度まで。


「新しい自分の好きな味に出会うためね。こればかり飲んでいると私が本当に好きな味付けが見つからないかもしれない。あるいはそもそも味覚の感じ方が変わって、ベストな味でなくなってるかもしれない。だから豆も2種類常備しているわ。ダメになる前に飲み切るのも大変だから、一緒に飲んでくれる人がいると嬉しいの。


「食事もそうだけど、誰かと一緒に過ごす、っていうことは、やっぱり人間にとって必要なことよね。私はあいにくにぎやかなところは苦手で、人嫌いに見えるかもしれないけど、そんなことはないの。だから、この世ならざる者、みたいなあなたと話ができる、というのは、逆に少し嬉しく思うわ。



*****



「そうだね、相談するんだったね。何かに困ってる、ってことだよね。存在自体が不思議なのに悩み事があるだなんて、面白いわね。


「ごめん、ごめん。じゃあ、ちゃんと相談事を聞こうじゃない。


「……うん。それで?


「結構重い話に聞こえるけど、深刻な顔をした方がいいかな。


「わかった、重くならないように、シリアスな感じでもナーバスな感じでもない表情しててあげる。


「ふうん。面白いね。


「なるほどね。つまり不思議な力を授かったけど、どうしていいかわからない。そんなところね。


「え、そんな単純じゃない? そんなことはないんじゃないかな。コーヒーでも飲んで落ち着いて、さ。


「あ、おかわりする? いくらでもあるよ。砂糖とミルクはさっきと同じでいいかい。


「はい、コーヒー。じゃあ、話を整理しようか。

 とりあえず、これまでの話も面白そうだけど、プライベートな話をずかずかと土足で居間に上がるような勢いで聞くのも失礼だし、第一、あなたはこれからの話を相談しに来てくれたんだものね。

 そうやって頼られるの、めったにあることじゃないし、一緒に考えてあげるよ。

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