第3話 ピッチャーフライ 5
リキエルは、太一がイニングの終わりでマウンドから降りて反省するたびによくない点を指摘した。
「リキエルって、野球やってたの」
「まあ、詳しいのよ」
「野球に詳しい天使とか、なんか、変だ」
「変ってなによ」
「なんというか、俗っぽい、って感じか」
「天使だって人と関わるんだから俗なものに決まってるのよ。
それより太一は次の回で降板かな」
「そういう予定」
ここまで4イニング投げて被安打2、四球0、無失点は好投と言えるだろう。
「じゃあ、今日はウイニングボール、もらえないのかな」
「そうだな。渡す相手もいないけど」
「渡すなら誰に渡すの」
「そりゃ……」
六花に、と言おうとして太一は言葉を止めた。目の前のこのリキエルという天使を名乗る少女は、どこまで自分のことを知っているのだろうかと、疑問に思った。そして、もう一つ思うことは、いなくなってしまった人にボールを捧げて何になるのか、ということ。
そのタイミングで、五十嵐が声をかけてきた。
「やっぱり、今日、誰かと話をしてるみたいな独り言が多くない? 大丈夫?」
「なんか、天使が……」
と言ってしまってから、自分にしか見えてないだろうモノを見えている、というのは余計に心配されると思い、口をつぐんだ。言い訳を探す。
「えっと、そう、こうやって会話に間が開くことを、フランス語かなんかで『天使が通る』って言うんだって」
そのタイミングでリキエルは姿を現し、太一の横を通って行った。太一はあっけにとられ、それを目で追った。
「太一、本当に大丈夫?」
「いや、まあ、大丈夫、なんでもないよ」
「……そう。まあ、今日は六花の誕生日だったから、ね。どこかで見てるかもしれないし、ね」
スコアは0―0の引き締まった展開となっていた。太一はここまで1打数0安打1四球、まだホームランは打てていない。
5回の登板に向けてマウンドに上がる。
――――
「太一はさ、好きな人とかいるの」
12月も半ばを過ぎ、六花の留年が決まった日、自宅療養している六花のもとへお見舞いに行くと彼女はそう言った。
「まあ、いないってことはない、かもしれない」
太一は正直に言うことが恥ずかしく感じ、あいまいな返事をした。
「そっか。そうだよね」
「六花こそ、そういう人、いるんじゃないのか」
「ま、ね。でも、今はこんなんだからさ、いたとしてもしょうがないから。治ったらにしようと思うんだけど。
そんなことより太一の好きな人だよ」
「治ったらってさ、それはいるってことなんじゃないのか」
「私が先に質問したんだから、太一が先に答えなさいって」
「いる」
「えっ」
「じゃあ、いない」
六花は呆れたようにため息を吐いた。
「俺さ。俺は六花が自分にその質問にどういう風に答えてほしいかが分からなくてさ。じゃあ、次の六花の誕生日までには答えることにするからさ。それまでに元気になれよ。またキャッチボールしたり、六花の投げたボールをホームランにしたり、そういったことをさ、また、しよう」
伝えたいことは、言えた。治ってほしい。もう一度一緒に野球をしてほしい。
「わかった。待ってるから」
ふう、と呼吸を整えるように六花は息を吐いた。
「じゃあ、今日の太一のピッチングフォームのチェックさせて。録画したビデオ、見せて。
うん。結構よくなったんじゃない。コントロールもつくようになってきたし、ボールが指にかかるようになってきてるし。あとは変化球だね。右に曲がるシンカーはもう少しキレが欲しいかも。スピードはそんなになくていいから。あとは速いシュートとかあるといいけど、それはひじに来るかもだからやめておいてもいいかもしれない。
左に曲がるカーブの方は、結構いいんじゃない。タイミングを外すためのボールだし、これくらい曲げられれば十分じゃないかな」
「そうかな」
「でも、このままだったら、私にだって打たれるよ」
自信ありげに、六花は言った。
「じゃあ、打ってあげる。治ったらね。その代わり、打てたらさ……。
いや、何でもないや。」
彼女がそのセリフを、治ると思って言ったのか、治りたいという願望を込めて喋ったのか、捨て鉢になって口にしたのか、太一にはその判断をすることができなかった。
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