第2話 天使、しろくま、ホームラン 5

 起きて、リビングに行く。テレビで日付を確認し、変わっていないことが分かる。

 さすがに同じような一日を送ることに引っかかりを覚える。違うことをしなければ、先へ進めない気がしていた。自室に戻りリキエルがいることを確認し、彼女に遠野は愚痴をこぼす。

「何をしたら、いいネタが見つけられたりするかな」

「どこかに行ってみるとかがいいんじゃない」

 いい加減な対応でリキエルが答えた。

「じゃあ、リキエルが行きたいところってあるの」

 んー、とリキエルが言って、考えるしぐさをし、そして答えた。

「そうね。野球が見たい」

「天使でもスポーツが好きなの?」

「私が、野球を見るのが好きなの」

「ふうん」

 といっても、この町からプロ野球の球団の球場までは遠い。ほかに、と思うと、そういえば、青野は彼女と野球を見に行くと言っていたことを思い出した。

「じゃあ、高校野球の予選会に行くか」

「そうね。いいんじゃない」

 遠野には、リキエルが少しうれしそうにしているように見えた。

 約束らしきものをしていた千咲に声をかけることにした。さすがに無断で行くと、何を言われるかわからない。今日で繰り返しが終わる可能性だってあるから、話を通すことにした。白崎家へ赴く。

 やはり窓は開けられて、通りがかると声がかけられた。

「お、やっほー」

「やっほー、じゃないぞ。俺はお前の先輩だから、敬語を使え」

「徹あいてに敬語なんて一回も使ったことないでしょ、使われたかったら、もう少し、先輩オーラを出しなさいよ、たった三か月生まれるのが早かっただけで偉そうにするんじゃない」

 何度か聞いたセリフが飛んできた。

「そんなことより、ちょっと用ができたから。なんか約束してた気がしてたから、伝えておこうと思って」

「え、なによそれ。徹はじゃあ、どこ行くのさ。そもそも、ちゃんと小説は書けてるのよね」

「いや、かけてないから、アイディア探しに、ね」

「なるほど。なら、私がついていっても問題はないのよね」

「まあ、そうだけど」

「どこに行くのよ」

「光蘭の野球部の試合を見ようかと」

「それのどこがアイディア探しになるのよ」

 天使が言ったから、と言ったら引かれてしまいそうなのでやめておく。

「まあ、いつもやらないことをしようかなと思って、ね」

「じゃあ、私も行く」

「行ってもいいんじゃない?」

「何言ってんの、徹と一緒に行くってこと。いいでしょ。本当は今日、買い物とかに付き合ってもらうはずだったんだから」

 勝手に約束させておいて、何を言うか。

「わかったわかった。一緒に来てもいい」

「開始は、お昼ごろだっけ」

「その予定だったはず」

「じゃあ、早めに一緒に食べてから行きましょう」

「……わかった」

 そう言うと、あとで遠野の家に行くことを伝え、千咲は窓から引っ込んだ。

 どうしても、なぜか、千咲とパフェを食べることになるのか。いやならば、ここに来なければいいのかもしれないが。遠野がそう思っていると、玄関のドアが開く。さすがにまたか、と思わざるを得ない。

「おや、遠野君。やることをほっぽって、野球観戦かい?」

 千咲の母、白崎桃花が現れ、そう言った。

「いや、アイディアが出てこなくて、野球を題材にするのもいいかなと思いまして」

「確かに、野球を主軸にしたフィクションだっていろいろあるものね。でも、女の子を連れていくことはないんじゃないのかな。それは遊びに行くってことじゃない?」

「お宅の娘さんが、ついていくと言ってきかないので」

「何かあったら責任取るのよね」

 何かあるというのは何だろうか。ファウルボールに注意しろということだろうか。責任ととるというのは、どういうことだろうか。結婚しろということなのだろうか。

「まあ、大丈夫ですよ。締め切りは、まあ、過ぎてますけど、なるべく守って、かついいものを出したいと思いますので」

「それが分かっているなら、言うことはないわ。趣味に仕事に勉学に、そして恋に。頑張りなさい若人」

「最後のは、どうなんですかね。その調子だとあなたの娘さんに惚れろと言っているようなものなのかと」

「頑張れ若人」

「はいはい」

 遠野は千咲の母に会釈して、自宅へといったん帰ることにした。


 気づくと同じ時間に同じファミレスにいた。意図的だったかもしれない。自分でその方がコントロールしやすいと思ってことのだろうか。

 相変わらず、千咲は大量の練乳フルーツかき氷を食べていた。飽きないのだろうか。彼女は今日を繰り返してはいないので飽きるはずもないのだが。

「気になってたんだけど、それおいしいの。ちょっと分けてくれない」

「あれ、徹がこういうのに興味を持つなんて珍しい」

「別に甘いものが嫌いってわけじゃないからな。好んでパフェとかを食べてないだけで」

「じゃあ、食べてみる?」

 と言って、スプーンに氷を載せて、遠野の口元へ差し出した。いつもの自分なら、それは断るのだけれど、気が向いて、遠野はそれを食べることにした。

「ん、んんん。ふうん。練乳をかけたかき氷って食べたことなかったけど、結構うまいんね」

 遠野は味の感想を伝えた。

「え、あれ、あわわ」

 千咲は少し動揺していた。理由は何となくわかっているが、あえてこっちから「どうしたの」などと聞くのは愚問である。

「いままでよく、こういうちょっかいされてたからな。たまにはお返ししてやらんと」

「遠野先輩、そういうことをするのは、どういうことか、分かってます?」

「わからん」

「もういいです。私を怒らせたので、ちゃんとおごってくださいね。

 すみませーん。この、フルーツパフェください」

 まだ食べるんか。

 と、追加の注文もしたので、前の『今日』より、店を出るのが遅くなった。

 球場へ向かうバス停に行くと、ちょうど青野とその彼女である白石がいた。ちょうどいいので、声以外の方法で彼に声をかけることを伝えることにした。

『1. 青春っぽく紙飛行機を投げる

 2. 男ならやっぱりモールス信号

 3. 千咲にメッセンジャーとなってもらう』

 そんな選択肢が見えた気がした。ここは……モールス信号にした。青野はテニス部なんていう明るいさわやか感のある部活に入っていたが、そういうオタクっぽさがあるから、反応してくれるだろうと踏んだ。

『とおのです あおのくん こんにちは』

「ピーピーうるさいぞ遠野」

 と青野は怒り気味に言った。途中でこちらを振り向いてそう言ったから、彼がモールス信号を理解できたのかは、分からない。

「あ、えっと、こんにちはです。遠野君」

「こんにちは、白石さん」

 どうやら、青野には伝わらなかったが、白石には伝わっていたようだ。これが分かるなんて、彼女は何者なんだと遠野は驚いた。彼女もさわやかテニス部員だったと思っていたが、少し考えを改めてもいいかもしれない。

「よう、青野。いきなり声を掛けたら驚かれるかなと思って、モールス信号であいさつしてみた」

「いや、やんなし、うるさいから。だいたいいきなりモールス信号なんて分かるわけないだろ。あれを覚えられるなんて、物好きだけだ」

 青野からは見えていないが、白石は少しばつの悪そうな顔をしていた。思わずにやけてしまう。物好きは君の隣にいるぞ。

「何ニヤニヤしてるんだよ」

「いや、別に」

「で、なんでこんなとこにいるの。女の子連れて」

 青野は千咲の方を見てそう言った。

「ああ、こいつ?」

「こいつっていうな」

 千咲が憤慨を体で表現しながらそう言った。具体的には頬を膨らませていたが、それは少し幼稚に見えすぎるなと遠野は思う。

「こいつは、俺らの一つ下の後輩で、白崎千咲っていう、韻を踏んで語感がいい名前のやつで、幼馴染みキャラだね」

「こいつっていうな。キャラっていうな。

 こんにちは、白崎千咲です。先輩方、初めましてです。この遠野徹って韻を踏んだ名前の人、先輩方にいつも迷惑かけて、すみません」

「迷惑なんてかけてねえ。……たぶん。おそらく」

 遠野は、心当たりがあって、言い切れなかった。

「初めまして。僕は青野悠。遠野とは希しくも三年連続同じクラスになった友人です。腐れ縁、というのかもしれないね」

「こんにちは、白石琴子です。えっと、ほかに言うことは……なんかあるかな、悠君」

「いや、ないんじゃないかな。たぶん。気になることがあったら聞いてね。同じ学校の先輩としても、ね。あと、そうだ、遠野。普段から彼女ほしいとか言ってるくせに、いるんじゃん」

「さっきの話聞こえてなかったのか、こいつとはそんなんじゃねえ、幼馴染って言っただろう」

「こいつって言うなし。たった三か月しか誕生日違わないくせに、何を偉そうなことを」

「あ、それ言っちゃった。青野は俺より誕生日一か月遅いから、その理屈だと青野にも敬語使わなくていいんだぞ」

「そういう屁理屈はどうでもいいの。徹はバカなんだから」

「バカっていう方がバカだぞ」

 その様子に、青野と白石が笑っていた。少しやりずらい。

「んんっ。ところで、青野と白石さんも野球部の応援に行くの?」

「そう、せっかくだしね。自分たちの学校の応援ができるなんて面白そうだし、なにより今年は強いらしいからさ。特にプロも注目しているかも、と噂の、そして遠野の好きな女の子の恋人、宮本太一がチームを引っ張っていて……」

「なんですかそれ」

 千咲はそこで口を挟んだ。聞き逃せない言葉があったかのように。

「こいつ、彼氏がいる女子を取ろうとしてるんですか?」

「人にはこいつって言うな、と言いながら、こいつ呼ばわりするのはいかがなものか。あと、それはあくまでうわさで、五十嵐さんは『恋人とかじゃない』って否定してたからな」

「へえ、そうなんだ」

 と言ったところでバスが来た。

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