第2話 天使、しろくま、ホームラン 4

 そして本当に明日は来なかった。つけたテレビでは昨日と同じ日付と曜日が伝えられていた。

「すげえ、同じ番組がやってる」

「だから言ったでしょ、繰り返すって」

「これ、本当にプロット完成させないで過ごしてもいいのでは」

「そんなこと言ってると、次の日にするわよ」

 それは勘弁だ。

 昨日のようにならないようにするためには、取材あるのみ、かもしれない。題材が必要なのは間違いない。と言っても、約束も取り付けず、会えるような人はいない。

 いや、約束していた人がいたと思い出す。ただ、とりあえず昨日と同じ行動をとってみることにした。同じ時間に彼女の家へと赴く。

「お、やっほー」

 と、白崎家の二階の窓から、千咲の声が聞こえた。やはり、おおよそのことは前と同じことが起こるようだ。

「ヤッホー」

「あれ、いつもの徹なら、先輩だぞ敬えとか言うのに、どうしたの。それとも、もう先輩づらするのは諦めたのかな」

 さすがに芸の強要はしないぞ、と遠野は思う。

「そんなことはない。千咲はもっと俺を敬えよ」

「そういうこと言うから尊敬できないんだぞ、徹」

「今のはお前が言わせたんだろう。それより、そういえば、約束の件なんだけど」

「あれ、聞いてない思ってたのに。ちゃんと聞いてたんですね先輩。一番ぼーっとしていたタイミングで言ったはずなんだけどな」

 どうやら、はめられていたらしい。通りで記憶にないわけだ。

「わかった。でも、まだお前の母親から出た課題が終わってないんで、パフェおごってやるから許してくれ。あの、しろくま、ってやつだっけ」

「なんで、知ってるの? 徹はそういうの興味ないはずだよね。それとも興味出てきたとか?」

 千咲が食べているところを見たから、とは言えない。

「千咲が好きそうなのが、ファミレスで出ているなと思って、ね」

 と遠野はお茶を濁したつもりで言った。

「……っ」

 と言葉にならない声を出し、千咲はうろたえていた。

「どうした」

「たまにそういうこと言うから……いや、何でもないよ。分かった。じゃあ、二時間後に徹の家に行くから。待っててね」

 と言って、千咲は窓から顔をひっこめた。何でもないと千咲は言ったのだから、気にしないことにした。ただ、少し気障っぽいセリフだったかなと反省した。。

「こんなところで私の娘を口説いて、なのに自分のやるべきことをこなしていない少年はどこのどいつかな」

 白崎家の玄関のドアが開いて、出てきた人物は、千咲の母、白崎桃花であった。

「別に口説いてなんかないですよ」

「そう思っているのなら、小説家を目指すのはやめた方がいいわ」

「じゃあ、あれです、鈍感系主人公ってやつです」

「自分で鈍感っていうような男に、娘を近づかせたくはないわね」

 正論である、と遠野は思った。このまま責められ続けられるのはつらいので、強引であるが、話題を変えることにする。

「あと、やることはやろうとしてます。これはいいわけですが、ピンとくるものができてないだけです」

「開き直りすぎだ。たその気持ちはよくわかるけどな。が、そのままではいられないのがクリエイトする、ということだ。何のために締め切りがあるか、徹は分かっているだろう」

「締め切りがないと、終わらないから」

「そうだ、出来上がった作品がよいかどうかは、受け手が決めることだ。だから、徹がやれることは、そのとき、良いものだと思ったものを書くこと。それだけだ」

 そんなことは、分かっているのだ。

「でも、そんなことは、想像力のあるお前はもうわかっていることだよな。ごめん。でも、頑張れよ」

 そう励まされると、情けなくなってしまう。

「これは、妄想だと思ってくれてもいいんですけど、」

 と前置きしなければ、話せない。

「今ですね、この一日を満足のいくものにできるまで、繰り返すことができる、という地獄にいるんですよ」

 前と同じことを、少し違う言い回しで行ってみた。

「そうか、それは、おもしろそうだね」

 と、小説家、白鷺月は、笑って言った。

「では、僕は帰って、案をひねり出しますので」

「そうか、頑張れ。あと、千咲をよろしく、ね」

 千咲の母は、ウインクして白崎家へ引っ込んだ。帰らねば。


 そこからは前回の千咲とのファミレスで軽く食事をした。遠野はメニューを変え、千咲はフルーツがたくさんトッピングされた練乳かき氷を食べた。今回は一つ、トッピングされたフルーツをいただいた。そして同様にファミレスの前で別れるとやはり待ち合わせ前の青野に出会う。

「今から声をかけるぞ」

 と、青野に声をかけた。

「……それをいきなり言うのは、おかしくないか」

「でも、いきなり声を掛けたら驚くから、声をかける前に声をかけるっていうのに同意したのはずだぞ、青野は」

「そんなこと言った覚えはないけど。だいたい、声をかけることを知らせるために声をかけている時点で矛盾してるから」

 それはそうに決まっている。

「わかった、じゃあ、次からは、声をかける前に、声以外の方法で、今から声をかけることを伝える」

「好きにしろ」

 と言われたので、好きにさせてもらうことにする。きっと、これを言ったこともなかったことになってしまうのだろうけど。今回もこんな時間まで何も得られなかったので、夜更けまでにリキエルの満足のいくプロットを仕上げられる自信がない。

「そういえば、青野って、一日だけ、天使が繰り返してくれて、最高の一日をくれている、って話、知ってるか」

 青野は、ちょっと引っかかった様子で、

「いや、ないけど……でも、そういう一日があったかもしれないなって日はあるかもだ」

 と言った。

「なるほど。どんな日だった」

「それは、答えづらいな」

「そこを何とか」

言いたくないようなセリフだったが、態度は言いたそうだったので、押してみた。

「あー、仕方ないな。と言っても、たぶん、遠野もピンとくると思う。……僕がコトと付き合い始めた日だ」

 照れたように、青野は言った。

「確かに。というか、お前にしてはいつもと違うことをしてたなと、思ってた。ああいう女の子がタイプって感じもしてなかったし、そもそも、悩むことがあったときとか大きなことを決断する時って、うじうじ悩むやつだと思ってたけど。確かにその日なら、そうかもしれない」

「だから、そういう日があるなら、その日だと思う。ただ、繰り返されていた、そういう覚えはないんだけど、どこか、ちょっとずつ変なところがあるような日だったと思うけど。普段ならサボらない学校の授業もサボったし。

 でも、その日をその日なりに、ただ、選んだ『白石さんの告白に応えること』が、いい日だったと思えるんだ」

「やっぱり、お前、白石さんに告白されてたんだ。やっぱり」

「あ、黙ってるつもりだったのに、これ。まあいいや。そんなことを聞くってことは、もしかしたら、その繰り返してる一日というのを、今日、遠野は送っているってことかな」

「たぶんそう」

「たぶん、じゃないでしょ。いい一日になるといいね」

「本当に」

 そう言って遠野は、青野と別れることにした。彼女との待ち合わせに、余計な野暮をこれ以上するものではない。そう思って歩き出した直後、

「あのカップル、思ってた以上に、うざいわよね。青野君って、ああいう人じゃないと思ってたんだけど」

 と、リキエルは言った。

「お前がくっつけたんじゃないのかよ」

「え、なんか言ったか、遠野」

 リキエルへの言葉が聞こえていたのかもしれない青野が遠くから声を張って遠野に言った。

「いや、何でもない、またな。せいぜい野球観戦デートを楽しんでくれ」

 遠野はそう言ってごまかすことにした。

「何で知ってる……そうか。本当に繰り返してるんだな。頑張れ」

 と青野は言っていたが、遠野は手を挙げて答えるのみで、その場を立ち去った。

 人気のない公園の隅のベンチに腰掛け、誰も人がいないことを確認して、ずっとそばにいたリキエルに話しかける。

「天使なんだから、キューピット役くらい、むしろ光栄なんじゃないのか」

「私にとっては、うざいだけ」

「冷たいな、リキエルは」

「自分が幸せでないと思っているときに、他人が幸せそうにしていると八つ当たりしたくなるのはなんでなんだろうね」

「知らん」

「そういうのに答えをくれるのが小説家の役割なんじゃないの」

「そういうのに答えをくれるのが天使様の役割じゃないのか」

「遠野君も冷たいのね」

「まあ、割と」

「千咲さんのアプローチを躱し続けて、実らぬ恋心にうつつを抜かしている人は違うわね」

「ちょっと聞き捨てならない」

「反論があるなら、いくらでも聞くわ。でも、そういう矛盾して屈折した心の持ち主こそが、創作に向いている、かもしれないわね」

 そう言ってリキエルは姿を消した。反論は聞く気がなさそうだった。


 リキエルから課された、プロットノルマを果たすべく、ネタがなくとも書かなくてはならない。

 手元の小説や漫画からインスパイアを受けようといくつか手に取ってみた。

「パクリはだめよ」

 とリキエルに注意を受ける。

「インスパイアだ。もしくはリスペクト。あるいはオマージュ。でなければパロディ」

「最後のは遠野君の作風には合ってないと思うよ」

 確かに。

「でも、世にある作品って、大体がこういうものの積み重ね、面白いものに面白いもの、新しい知識を足して書かれているものだから、すぐに作品を生み出せ、と言われると、こういうのを頼るのが、一番かなって」

「私に言い訳してもしょうがないでしょ。それより、面白いの書いてよね」

「そういうこと言われると、余計に書けなくなるって」

「知ってる」

 リキエルは、いたずらを楽しんでいる、といった表情で、そういった。

 さて、インスパイア元を決めなければ。

 遠野は本棚をにらみ、整理されずに並ばれたタイトルから、話を考えることにした。

『銀河鉄道の夜』

『夢十夜』

『夏への扉』

 さすがに無造作に本が並びすぎていると、遠野は自分自身で反省した。漫画やもっと軽めの小説は別段だから、まだ整理されている方かもであるが。

 この三つの作品から、話を作れないだろうか。

「最近よく同じ夢を見る。その夢の中で『僕』は薄命だった双子の妹、『灯里』と出会っていた。ある日は二人で銀河を駆ける鉄道に乗っていた。ある日は、猫を飼い、その猫の避けられない運命から救うためにタイムリープした。『僕』は妹がいない実在の世界と、灯里がいる『お話の世界』を過ごしていった」

 文庫本の裏に書いてあるようなあらすじをとりあえず書いてみた。リキエルに見せる。

「話の具体性が欠ける。というか、『銀河鉄道の夜』と『夢十夜』を隣に置いておきながら、そのあらすじを書くのはどうなのよ」

 との評をくらい、却下となった。とりあえず、何でもいいから案を送ってくれと言われているので、海野さんに送り付けて、寝た。確かに自分でも納得していない。案としてはまあ面白そうなので残しておきたいが、ピンと来ていない。おそらく、今日はもう一度来ることになるだろう。せっかくなのだから、こういうことが起きた日にしか書けないようなものが書きたい。

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