第2話 天使、しろくま、ホームラン 3

 とりあえず、自宅へ帰ることにした。何も思いつかなかったが、少し経てば、千咲が来てくれるらしいので、それまで待つことにする。

「リキエル、この、『繰り返す一日』ってのを題材にするってのはいいかな」

「ダメに決まってるじゃない。これは私のアイディアなんだし、勝手に使わないでよ」

「あれ、これ、リキエルの役割とかそういうのじゃなくて、自分で決めてやってるの?」

「そうよ。文句ある?」

「いや、文句はないけどさ。少し、つらいなと思うこととかないの」

「遠山のてっちゃんが小説を書くのと一緒よ」

「その呼び方はやめて」

 確かに、そういうとらえ方もできなくはないのか。

 とりあえず、リキエルが見張っているということもあり、姿勢だけは机に向かっていた、が何も思いつかない。とりあえず、ノートに『あああああああ』と書いてみる。『おおおおおおお』と書いても見た。時々『お』と書こうとしているのに『あ』になりそうになった。

 そういったくだらないことをしていると、インターホンのチャイムが鳴った。両親は、私たちがいない方が邪魔にならないでしょう、と今朝の二度寝の間に置手紙を残して消えてしまっているので、遠野自身が応対する。

「よう、千咲」

「あれ、徹。親は?」

「私たちがいない方が、邪魔にならないだろうからって、出かけちゃった。うちに上がったら二人っきりだね。……しばらく両親帰ってこないんだ」

 ここにいてもあまりいいアイディアが降ってくる気配がしないような気がしていたところなので、あまり家に上げたくもなかった。そこで、あえて女の子が家に上がりたくなくなるような感じで、遠野はちょっと含みを持たせて言ってみた。

「バカじゃないの? そんなふざけたこと言って。あんたの両親がいなかろうと母さんに見張って来いって言われてるから、見張らなきゃいけないし。あんたにはどうせ、すぐに女の子に手を出せるほどの甲斐性はないからね。上がるわよ」

 むしろ口調からは乖離した、少し嬉しそうな表情で、千咲は上がろうとしてきた。別に何があるわけではないが、遠野は阻止したくなった。

「いや、いいよ。ここじゃなくて、ファミレスかどこかに場所を移そう。もうここにいたら腐りそうになってたとこで場所を変えたいんだ。ちょっと待ってて」

 本音半分、言い訳半分だった。

「そう。じゃあそれで」

「ついでだしお昼にしよう。それで大丈夫?」

「わたしもう昼は食べたけどね。じゃあ、あんたがパフェおごってくれるなら」

「それくらい。先輩だし」

 ささやかな先輩風を吹かせてみた。

「ありがとうございます、遠野先輩」

 そういう時だけ先輩と認めるなんて現金なやつだな、と遠野は思った。


 お昼のピーク前に、ファミレスについた。よく考えると、ピーク時には店を出ないといけない気がしたが、どちらにしろ気分を変えに来ただけなので、考えるのはやめた。とりあえずと、遠野はドリンクバーを2つとハンバーグを注文する。

「千咲はなんか食べたいものとかあるか」

「じゃあ、このシロクマパフェで」

 店員さんは手元の端末をいじって、

「かしこまりました」

 と言った。あまり高いパフェでないことを祈るのみだ。

「そういえば、徹のそばに天使がいるって聞いたけどホント」

「それ、白鷺さんから聞いたの?」

「お母さん、白鷺さんって言ったら怒るからやめた方がいいよ」

「自分で付けたペンネームのくせに」

「そうだよね、おかしいよね。じゃなくて、天使が見えるって本当なの?」

 その天使リキエルは千咲の隣に座っていた。どうやらリキエルは他人には見えないらしい、ということを、遠野は先ほど入店したときに気づいた。

 しかし、残念だが、そこにいる限り、飲み食いをするとほかのやつにばれるぞ、という目でリキエルを見てやることにした。

「遠野君、こっちばっかり見てると変な奴に見えるから、私に構わず」

 とリキエルは言った。遠野の意図は伝わらなかった。

「ああ、そこにいるぞ。千咲の隣にいる」

「誰もいないじゃん」

「バカには見えないんだよ」

「バカにしか見えないの間違いじゃないの」

 いつになく、毒の強い反撃を食らった。さらに千咲は追い打ちをかける。

「早くそのプロットあげたいんだったら、その天使が見える妄想を起こせばいいじゃん」

「天使が許してくれなかったんだよ」

「なるほどね、言い訳は思いついたみたいね」

 いつもはもう少し協力的なくらいなのに、あたりが強い。

「気になるんだけど、天使ってのは、男なの、女なの?」

「一般的に、性別はないとされることが多いね」

「『一般的に』ってのは、目の前の天使はそうじゃないってこと?」

「そんなことは言ってない」

「言ってないだけでしょ」

 なぜ含みを持たせた言い方をしてしまったのだと、遠野は悔いた。

「女の子なんだ」

「そうだね、女の子に見える」

「かわいいんだ」

「まあ、そこそこ」

 千咲はぶすっとした顔を見せる。ちょっと気まずい。

「ドリンクバー取ってくる。千咲は何飲む?」

「アイスティー。無糖のでね」

 席を立って、ドリンクを取りに行く。今のところ、千咲はプロットの協力を一切していないなと思った。

 ドリンクを取りに行っている間に千咲は、大盛りの練乳かき氷にフルーツが乗ったものを食べていた。千咲はこういったものでもペロッと食べる。おいしそうだと思ってじっと見ていると、

「あげないよ」

 と言われた。とんでもない量だと思うのだけれど、本当に食べれるのか、と思って眺めていると、気づいたら器に会ったかき氷は融けていくのか、なくなっていく。不思議である。

 食べ終わるのを見届けたあたりで、お店が混んできた。家の方向が同じなので、一緒に帰ってもよかったが、図書館の方に寄りたい、と千咲に伝えると、じゃあ、帰る、と言われた。

「暇になったら教えてよね」

「あれ、見張ってなくてもいいのかよ」

「見張ってていいの書けるっていうなら見張っててあげるけど」

「いや、厳しいかな」

「じゃあ、やめておいてあげる。今日はごちそうさま。また今度、よろしくね」

 と言われたが、何をさせる気なのだろうか。

 千咲が去ったのを確認して図書館の方へ向かおうと思ったら、同級生の青野を発見した。後ろから声をかける。

「よう、青野」

「うあ、びっくりした、急に声かけんなよ」

「わかった、次声かけるときは、事前に声かけるよ」

 青野は何を言っているんだこいつは、という目をして遠野を見た。

「ところで、青野はこんなところでどうしたの」

「ん、いや、特に何でもないけど」

「ああ、あれか。デートか」

「っ……そうだ」

「嘘がつけないやつ」

「うるさいな。お前こそどうしたんだよ、こんなところに」

「ん、まあ、気晴らしかな」

「受験勉強とか?」

「そんなとこ」

 青野には小説を書いていることを伝えていない。誤魔化すに限る。

「デートはどこに行くんだ」

「まずは、野球部の試合でも見に行こうかなと。友達が出る」

「そうか、今日、野球部の甲子園の予選なのか」

「僕もコトもスポーツは好きな方だしね。お金もかからない。友達の応援もできる。鳴滝もいるぞ。出るかどうかは作戦上の機密で教えてくれない、って言われたけど」

「お前、白石さんのことコトって呼んでんのか。似合わねえ」

「うるさいな、そういうこと言ってると、遠野の好きな五十嵐さんには好かれんぞ」

「五十嵐さんは、例の野球部のエースの宮本と付き合ってるじゃん」

「そうかな、話を聞いたところ、そんなでもないけど」

「それは別にいいんだよ。それより、面白い話だ。青野は白石さんになんて呼ばれてんだ」

「……ゆうくん、って」

 なぜか少し頬を赤くして、青野は言った。

「照れるなら言わなきゃいいのに、悠くん」

「聞いたのはお前だろ。あと悠くん言うな、気色悪い」

 もう少し話をして、白石さんがやってくるのを確認して、遠野は帰ることにした。今日中にプロットを上げなければ、編集の海野さんに、そして、今日を繰り返してくれるというリキエルに何を言われるか分かったものではない、

 青野から、少し離れたところで、リキエルは、

「あのカップル、二人とも付き合う前まではデレデレするようなタイプじゃないように見えたのに、私がくっつけたらこれだもん、いやになるわ」

 と言った。

「その話、プロットにしていい?」

「それは青野君に聞けばよかったんじゃない。と言っても、詳細は忘れているはずだけど。あのノートに書いた通り、繰り返したということは忘れてしまうから」

「じゃあ、リキエルは知ってるんだよね、それをプロットに……」

「見境ないのね、遠野君」

「正直、プライドを保っていられるほどの余裕がない」

「女の子とパフェ食ってたのに」

「俺は食ってない」

「今日中にプロットあげてよね」

 その期待に応えなければならない、が、煮詰まりすぎてて、本当に何かヒントが欲しかった。とりあえず、今日の出来事を誇張し脚色することで、面白い話になるかどうかを考えることにした。

 例えば今日初めて知ったことといえば。白くまというかき氷が、日本の南西あたりではやっていて、千咲はその巨大なかき氷をペロッと食べることができるということ。甘いものは別腹とか言っていたけれど、むしろそっちが本腹なのだろうと思われた。

 青野は今日、デートをする予定だと言っていた。野球部の大会を見に行くらしい。いつの間にか、ひと月前にできた彼女とかなり仲が良くなったらしく、名前で呼び合うまでになっているようだ。

 そして、天使が実在し、今日を繰り返すかもしれないということ。目の前に現れた天使は、金髪で、小柄で、華奢な少女だった。

 そんなに時間もないので、勢いで構想を練った。ざっくりと、文庫本の裏面のあらすじ文章で言うとこんな物語にした。これをリキエルに見せると、

「あんた、こんなめちゃくちゃなこと書いて、これが本当に面白いと思うの? 没に決まってるでしょ」

 と、にべもなく捨てられた。没になったので、記録からも消した。

 ただ代案もない。もしも繰り返すというのがウソだったら困るため、一応できたという連絡を入れ、ふて寝することにした。明日になれば、わかるさ。

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