第1話 天使が見た2日間 6

 起きる。リビングに行って、また同じ日が始まることを確認した。そろそろ終わりにしてもいいかもしれない、と思えてきた。朝食後に制服に着替えてみると

「今回はどういう感じで行くつもり?」

 とリキエルが尋ねた。

「白石さんの告白に対して、きちんと答えてあげようと思ってる」

 リキエルはため息をついた。

「ああ、人の恋路を実らせるなんて、そんなキューピッドの役割をするために私がいるわけじゃないのよ」

「でも、最高の一日をもたらしてくれるんでしょ?」

「恋愛ごとに対しては、しぶしぶ、ね」

 何か恋愛がらみで嫌なことがあったのだろうか。昨日から妙に当たりが強い。

「で、何? 『昨日』に白石がやったように、白石をドッキリさせる作戦でも立てるの?」

「そんなところかな」

「じゃあ、今日には絶対終わらないのね」

「ごめんね」

「寝る前にも言ったけど、これは私の仕事みたいなものだから、別に、青野君が謝ることではないの」

 リキエルは、少し不機嫌そうだった。

 まず、今日の朝には、白石が待ち伏せしている。これは、三回ともそうであったから、間違いない。逆にとらえるならば、サプライズには、間違いなくもってこいのシチュエーションだ。あちらが仕掛けているところに、仕掛け返す、というのは、なんだか少し興奮を覚える。

「青野君、少しやばい顔をしてるよ」

「え、そんなに企んでそうな顔してたかな」

「してた」

 気を付けよう。

 そういえば、遠野は財布を忘れるんだっけ。財布さえ持ってきていれば、ジュースをおごってもらえる……と思ったが、あのジュースはそもそも、遠野が筆箱を忘れることに起因しているのだっけ。筆箱を忘れるなと、連絡をしておこうか……?

 面倒だ、やめておこう。

 まずは、全く驚かず、彼女が待ってくれていることが当たり前であるようにふるまってみることにした。彼女と会う交差点に差し掛かった。

「こんにちは、青野君」

「ん。おはよう、白石さん。学校行こうか」

「えっ」

「早く行かないと遅刻するぞ」

 白石は頭をかしげながら、ついてきた。

 話すことが思いつかず、一分ほど黙って歩いていると、

「ごめん、用事があったんだ、先に行くね」

 と言って、白石は少し急いで先に行ってしまった。さすがにあの態度で何も話さなかったのはまずかったかな、と思う。次は話題でも考えておこう。

 『今日』の一日を白石のあの告白の返事のために使うならば、彼女がとった行動を踏襲するために、まず、白石がどのような行動をとっているかを知る必要がある。少なくともクラスは一緒なのは分かるが、昼休みはどうしているのだろう。あまり気にしたことがなかったから、誰と食べているかといったことも分からなかった。好きなものも知らない。また、川崎さんに聞いてみるのもありだろう。

 登校してからそのようなことを考えていると、 遠野が書くものを借りてきた。シャーペン、消しゴム、を貸し与え、

「財布忘れたんだろう。お礼は明日、ジュースでもおごってくれ」

 と伝えておいた。本当にジュースをもらいたいなら、もう一度言う必要があるが、それは仕方ない。

 何度も聞いた午前の授業が終わり、昼休みとなる。


 この日の昼休みの白石の行動をまだ知らないので、まずは調査を行うことにした。 単純に行ってしまうとストーカーっぽいと思うが。

 白は昼を誰と食べているのか。『昨日』では白石は弁当を持ってきていたが、いつも作っているのだろうか。授業が終わった直後から観察してみることにした。『昨日』の偶然を装った計画をされたのなら、彼女も同じことをしているはずなので、目には目を、ということで許されたい。

 彼女はカバンから弁当を取り出し、教室を出て行った。その後を追う。そのまま隣の教室に入っていった。

 何の用もなく隣の教室に入るのは、若干忍びないが、今日がなかったことになるというなら、という覚悟で友達を探すようなそぶりで覗いた。

 白石は彼女の中の良い友達である川崎とともに食事をしていた。そういえば前に川崎を呼び出したときも一緒にいた気がする。

 ずっと見張っているわけにもいかないので、学食へ昼食を取りに行くことにした。余計なことをしていたので一人で食うことになってしまったが。

 『昨日』は白石の弁当をごちそうになったわけだから、そのお返しをすることを思いついた。ただ、弁当を作っているわけではないから、何がいいのだろうか。

 昼食をサッとすまして、川崎さんに何がいいかを相談することにした。前回も意外としっかり相談に乗ってもらえたので、きっとためになるはずである。

「青野、どうしたの」

 教室で川崎を呼び出した。

「ちょっと聞きたいことがあって。今大丈夫?」

「いいけど、何?」

「ちょっと、ここだと聞きにくいかな」

「ええ、なにそれ。ちょっと怖いんだけど」

「そういうのじゃなくて。白石さんのことで、ちょっと話が」

「ああ、そうか。なるほどね。いいよ、話、聞いたげる」

 場所を屋上に移した。

「で、どうしたの。ついに告白でもされたの」

 とニヤニヤしながら川崎は言った。正直またかと思うが、彼女にそんな気はない。

「そうだね、白石さんに告白された」

「お、やったじゃん。で、どう返事するの。さっきまで一緒に食べてて話してた感じだと、まだ返事もしてないみたいだけど」

「ん、まあ、付き合おうかな、と」

「じゃあ、早く返事してあげないと」

 ニヤニヤを隠そうともしないで川崎は言った。

「そうだね。でも、その前に白石さんにはお弁当のおかずをもらったりとかしたから、ちょっとしたささやかなお礼、みたいなのを考えてるんだけど」

「ふうん、なるほど」

「どういうお菓子とかが、白石さんの好みなのかなと思って。川崎さんなら詳しいかと」

 少し考えて白石は言った。

「いいんじゃない、そういうの。なんだろ、白石が好きなの。あんまり間食が好きってイメージがないから。うーん。そうだ。チョコとかいいんじゃないかな。よく、どこのチョコがおいしい、とか、そういう話をしてた」

 というアドバイスをもらった。

 しかし、チョコなんてどうやって放課後までに手に入れればいいんだろう。

 この後、青野は放課後には例によってまた白石さんに『待ってくれ』と伝えた。そして、『今日』をよいものにすべく、その作戦を練って、再び今日をやり直すことにした。

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