第1話 天使が見た2日間 4

 繰り返すからには、一回一回に目的を持ってくれ、という非常に建設的な意見をリキエルから頂いたので、まずは、白石の告白について真剣に考えることにした。

 今日を朝からやり直して気づくのは、基本的に自分から変えようとしなければ、同じことが起こることだ。例外はリキエルくらいで、朝の両親との会話やテレビのニュースの内容などに変化がなく、既視感のあるものばかりだった。実際に既視なのだが。

 変えたらどうなるのだろう、という興味本位で昨日より家を出る時間を早くしてみた。

「おはよう、青野君」

 と、前回と同様にそこに声がかかった。

「えっ、ああ、おはよう、白石」

 青野は、少し戸惑って、しどろもどろになりながらも返事した。

「あはは、えっと、じゃあ、またあとで」

 と言って、白石は青野を抜いて駆け足で学校に行ってしまった。昨日と同様に。

 時間が違ったのに、同じようにして白石に会った。これは、どう見積もっても、悪く言えば待ち伏せられていた、ということなのだろう。

 その想いが本物であることが何となくわかった気もするが、ちょっと怖い。でも、今までこういうことはなかったから、今アプローチをかけなければ、いつやるんだ、といった気概に満ちているのかもしれない。

 学校に着く。時間は昨日より十分早かった。

「あはは、どうも、青野君」

「ん、おはよう」

「あの……」

「あー、そうだね。放課後までは、考えさせてもらえるかな」

「わかった。ごめんね」

 と白石は謝った。少し気味が悪いほど、時間だけを変えて記憶通りの行動をとっている白石。

 白石は、この様子を見て、『昨日』の僕にアプローチをしたのだ、という事実が突き付けられてくる気がした。

 確か、この後、昨日は遠山がシャーペンを借りに来たんだっけ。ジュースのためにシャー芯を補充しておかなければ。

「うす」

 と遠野が声をかけてきた。

「おはようさん」

「ごめん、ちょっとうっかり筆記用具を家に忘れてきちまったんだ。シャーペンと消しゴム、予備があったら貸してくんない?」

 予備のそれらを遠山に渡す。

「いや、助かった。感謝感謝、昼休みにでもジュースおごるわ」

 と言って遠山が自分の席に戻っていくタイミングで始業の合図が鳴った。今度こそジュースをおごってもらわなければ。


 さて、白石のことを考えなければ。こんな風に女子のことを考えるというのは、今までになかったから、変な気分である。

 彼女は、この繰り返す日々の中で、どうやら自分の行動パターンを追跡し、何度か偶然を装ってアプローチをかけていた、ということがわかる。登校時に会ったり、偶然を装ってぶつかって弁当を分けてくれたり。席替えのくじも、おそらく仕組まれているのか?

 正直、そこまで思ってくれているなんて、という気持ちが大きい。もしかしたらからかわれて遊ばれているだけかもだけども。ただ、彼女のテニス部のときの取り組み方の様子からは、そういった性格には見えなかったが……。ここは彼女の知り合いにそれとなく様子を聞いてみるか。

 変な噂を流されそうでも、もう一度繰り返してやれば、なかったことになるようだ。少し悪い考えだなと青野は思った。リスクフリーで動けるということに対して、不思議な感じがある。この権利を受け取った白石が告白したくなった理由が分かってきた気がした。

「なあ、青野」

 休み時間に遠野から声をかけられた。

「五十嵐さんって、結構かわいいよな」

「急にどうした?」

「隣になったからさ。さっき少し話して、さ」

「なるほど、五十嵐さんって、お前のタイプっぽいよね」

「いやいや、くじ運よかったわ」

「でも、五十嵐さんって彼氏いるんじゃないの?」

「えっ」

「あの、野球部の宮本ってやつ」

「マジ?」

「確かじゃないけど、一緒にいるところとかよく見るよ」

「そうか……そうか。ごめん、ジュースの件なしで」

 これが因果律の収束というやつか……違うか。言わなくてもいいことを言ったからだな、と青野は思った。。


 昼休み、青野は飯をとった後に、白石と女子テニス部で仲の良かった川崎に会ってみることにした。とりあえず、と隣のクラスを覗き、川崎を呼ぶ。彼女は白石と食後の会話をしている様子だった。

「青野、どうしたの」

 とかなり不思議そうに聞いてきた。

「ちょっと、人の多いところだと聞きにくい話なんだけど、いいかな」

「ええ、なにそれ。ちょっと怖いんだけど」

「告白とかいたずらとか、そういうのじゃなくて。白石さんのことで、ちょっと話が」

「ああ、そうか。なるほどね。いいよ、話、聞いたげる」

 そう言って彼女はニヤニヤを抑えきれないといった表情をしていた。

「で、どうしたの。ついに告白でもされたの」

 場所を屋上に移しても、ニヤニヤが隠し切れない川崎は言った。

「ということは、川崎さんは白石さんが僕に気があるって知ってたわけ?」

「そうだね。知ってた。わかりやすかったからね。高校三年生とは思えないほど純朴な感じがあるよね、ことちゃんって」

 川崎は白石のことをことちゃんと呼ぶことを初めて知った。そういえば、白石の下の名前は琴子だったか。

「そうか、ついに告白したのか。しないまま終わると思ってたんだけどなあ。でも、相談に乗ってほしい、と思う程度には、悩んでしまっているのね。青野も意外と純だねえ」

「川崎は自分のことを純粋だと思ってないのか?」

「わたしのことなんてどうでもいいでしょ。それとも、わたしに気があるとか」

「いや、ないけど」

「そうあっさり言われると、傷つくわね、女として。わたしも青野に気があるわけじゃないけど。まあ、それよりことちゃんのことだね。聞きたいこととかあんの?」

「単刀直入に言うと、白石さんって、どんな人なんだろうって。テニス部で一緒だったけど、あまり話したりしなかったし」

「そもそも、青野ってあんまり女子と会話しなかったよね。せいぜい、たまたま隣になったときに適当な世間話するくらい。あと、揉めてるときのトラブルの解決のときとか? わたしに言わせると、テニス部なんかに入ったのに、あそこまで女子と会話しようとしない青野君って、あっちのケがあるんじゃないかと思ってたくらい」

「そんなことは、ないと思うんだけどな」

「そんな青野が白石に告白されて迷うくらいには女子に興味があった、ということに驚きを隠せない!」

 なぜか大げさに驚くふりをする川崎。こんなハイテンションな人が、大人しめな白石と仲がいい、ということの方が驚きである。

「そんなことはないさ。好きになるのは女の子だよ」

「ああ、じゃあ、他に好きな人がいたと」

「前に好きになった人はもうあきらめたんだけど」

「ならいいじゃん、迷うくらいなら付き合ってみて、好きになれなかったら切ればいいんだよ」

「あれ、川崎さんって白石さんの友達じゃないの?」

「友達だからこそだね。好きな人と付き合ってみる、ということがどういうことかを知った方がいいんだよことちゃんは。ちょっと内気すぎるくらいだから、そのうちストーカーとかになりかねないもん」

「まあ、今日の朝は、偶然を装われて通学路で会ったんだけど」

「あらら。まあ、昨日告白して、保留されてたんなら、ことちゃんなりのアプローチ、ということじゃないかな。なんにせよ、わたしは、ことちゃん、悪い子じゃないと思うけどね。青野、付き合ってみちゃいなよ、ゆー。」

「そんな軽く言うのは」

「でも、好きだった子、あきらめたんでしょ。もういないから。青野君の好きだった人って、橘さんだったでしょ」

 図星を突かれて、何も言えなかった。

「ことちゃん、それもわかってたみたいだから。結構、青野君のこと、好きだったみたいだよ。わたしはクールぶってるだけの奥手なやつの、どこがいいのかと思ってるけど、そこがことちゃんは好きなのかもね。だから、さ。迷ってるくらいなら、前向きに考えてあげてよ。じゃね」

 と言って、川崎は屋上から去った。

 こういうときに、屋上でタバコを吸うと、クールに見えたりするんだろうか。タバコのにおいがするなと思ってそんなことを考えていると、においのもとは、リキエルだった。

「え、リキエルさんってタバコ吸うの」

 と青野が聞いたとたんに、リキエルはむせた。

「ごほっ、ごほっ!」

「大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。苦いねこれ。吸い方もよくわからないし。いや、屋上で制服の美少女、といったらタバコ吸ってる姿がかっこよく見えるかなって。一度やってみたかったんだよね」

「リキエルさんって、バカなの?」

「バカとは失礼な!」


 『今日』も当然、放課後がやってくる。返事をするために、『また』屋上へと白石を呼び出す。『前回』は遠回しに断ったので、なんだか、申し訳なさがある。呼び出しの時間通りに行くとすでに彼女がいた。

「青野君」

「ん……」

 その次に言うべき言葉が見つからず、静かになる。グラウンドから、部活動に励む運動部員たちの掛け声が聞こえてきていた。聞いておきたいことはあった。良い前置きが見つからなかったので、青野は直接尋ねることにした。

「あのさ、白石は、僕のどこが好きになったのかな」

 白石は戸惑って、でも、一度深呼吸をし、心を落ち着かせてから言った。

「まじめに、テニスに取り組んでるところ。他の女子部員に無理に媚びたりしてなかったところ。ちょっと不器用そうなのに、器用そうにふるまっているところ。私に少し似てるなって思ったところ」

 聞いたのは自分なのに、そういうことを照れてしまう。たぶん、顔が赤くなっているに違いない。白石を見ると、彼女も顔を少し赤くしていた。

「青野君は、迷ってるんだよね。よかったら、どこが迷っているかとか、教えてくれるかな」

 なんて答えにくいことを。

「好きだなんて思ったことのない人に、好きだといわれたから付き合った、という理由で付き合ったとして、それで自分も白石さんも、いい思いができるのだろうか、とか思ってるからかも知れない」

 どうせ繰り返してしまうんだ、言えることを言ってしまおう。そういった想いで、悩んでいることを、その告白してくれた女子に言ってしまった。その後悔とともに、自分でもなんてクサいセリフを言ってしまったんだろうと思う。そして、なんて後ろ向きなことを言ってしまったんだと恥じる。こんな返答をしてしまってから、失敗したと悔やむ。

「そっか」

「だから、答えられない」

「そっか。ごめんね」

 なんで白石が謝るのだろうと思う。白石は屋上のドアを開け、帰って行った。彼女は、泣いていたように見えた。

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